「な? 当たってるだろ?」
口許を歪めながら千春は足を見つめた。
「当たってるの?」
「当たってるわよ。ほんとムカつくけど」
「じゃ、今日からお風呂は私が先ね。ああ、それと足拭きマットは毎日洗ってよ」
「ええ! だって千春ちゃん帰ってくるの遅いじゃない」
「それでもよ。居候してるんだから、家主の言うことは聴いてちょうだい。ま、水虫が治ったら好きにしていいから」
もういっぺん蹴っ飛ばしてやろうと目を向けたときに彼は立ちあがり、ガラス戸を開けた。しかし、誰もあらわれない。視線を下げると、茶トラの猫が入りこんでいた。すごく大きな猫で、目が据わってる。
「どうした、キティ。なにかあったのか?」
抱き寄せられた猫は「ニャ」とだけ鳴いた。その声には甘ったるしいものが含まれてるように思えた。この男を信頼しきっていて、そのぶん、他の人間が嫌いといった感じだ。たぶん雌猫なんだろう――そんな印象を持たせるほど、その存在感は強かった。
「ああ、そうか。悪い。約束してたもんな」
約束? 猫と? まったく馬鹿げてる。そう思いながらカンナは首を振った。千春は不思議そうに目を細めている。どこかで見た猫に思える。でも、どこで見たのか思い出せないのだ。
「帰るの?」
「そうしましょ。なんだかお邪魔みたいだから」
「お邪魔? この人って猫とそういう関係なの?」
「え?」
千春はなにを言われたのかも、自分がなにを言ったのかもわからないといった表情を浮かべている。それから、蓮實淳に向き直った。
「変に疑ってごめんなさい。でも、そう思っちゃうくらいあなたの占いが当たるってことでもあるわ。ま、とにかく頑張って」
「ああ」
顔を寄せ、千春はもう一度しっかり猫を見つめた。それから、肩をすくめ、ガラス戸に手をかけた。カンナは丸めてあったスカジャン(背中に『F・U・C・K』という文字とそれを示す柄が刺繍してあるものだ)を着ると、ポケットに手を突っ込んだ。帰り際に蓮實淳を睨みつけ、猫には微笑みかけ、千春のあとを追った。ガラス戸を後ろ手に閉めるとき、こう言うのも忘れなかった。
「でも、盗聴器は探した方がいいんじゃない? あの人、いかにもそういうことしてそうだもん」
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