まあ当然というべきなんだろうけど、真昼ちゃんは豪語していたわりには考えられないくらい驚いた。
身体を浮き上がらせようとしてホースが食い込んでしまうほどだった。そして、激しく咳きこみだした。それにはこっちの方が狼狽えてしまった。
温佳は胸を擦り、僕はナースコールのボタンを探した。しかし、咳きこみながらも真昼ちゃんは腕をつかんできた。
「いいのよ、いいの。誰も呼ばないで」
「ごめんなさい。そこまで驚くとは思わなかったのよ」
温佳は胸を擦りつづけていた。真昼ちゃんはその腕もつかんだ。そして、両腕に僕たちを抱きながら掠れた声を出した。
「誰も呼んじゃ駄目よ。こんな、――こんな話、他の誰にも聴いて欲しくないわ」
それから、ぐっと力をいれ、引き寄せてきた(それは余命わずかな人間の出す力ではなかった)。
僕と温佳は胸の辺りで顔を近づけることになった。ヒーッ、ヒーッという息が静かになるまで僕たちはそのままでいた。
それは、かつて同じようにされたのを思い出させた。
――これから何年も僕たちはそのときのことと、この病室での経験を思い出しつづけることになる。
かつてというのはFishBowlに放火騒ぎがあったときだ。真昼ちゃんはそのときにも僕と温佳を左右に抱き、こう言ったのだ。
「いい? この世界には危険なことがあるわ。でも、だからといって縮こまってちゃ駄目よ。私たちにはこの世界を変える力があるの。誰にだって、その力はあるわ。きちんと立ち向かうべきものを正面に見すえて正しいことをするのよ。
危険がその前に横たわっていたとしても、それを過剰に怖れては駄目。人の思惑なんかに振りまわされるのはもっと駄目よ。
いい? どのようなことにも困難はつきまとうわ。その中でも、自分の意志を貫き通すのには非常な困難があるものなの。だけど、そういうときにこそ、自分の学んだもの、自分が目にし、つかんできたものに忠実であるべきなのよ。
今は、あんたたちは私が守るわ。あんたたちもお互いに守りあうのよ。それが家族なんだからね。そして、もし、私がいなくなったら、あんたたちは常にお互いを守りあうようにならなくちゃ駄目よ。わかった?」
僕も温佳もその言葉を思い出していた。
「そして、もし、私がいなくなったら、あんたたちは常にお互いを守りあうようにならなくちゃ駄目よ。わかった?」
僕は深刻になっていくのを感じていた。無理もない。真昼ちゃんはもう間もなくいなくなってしまうのだ。しかし、温佳は明るい目をやめていなかった。
↓押していただけると、非常に、嬉しいです。
にほんブログ村