「そういうけどさ、温佳ちゃんだって泣いてなかったっけ?」

 

 ワインを思いきりよくあおると、武良郎は口許をナプキンで拭った。

 

 温佳は腕組みして胸を反らした。そういう姿は真昼ちゃんそのものにみえる。僕と武良郎はたまにそう指摘したけど、あまりしつこく言うとしまいには怒りだすので控えるようになった。

 

 温佳は真昼ちゃんを非常に愛し、尊敬すらしてるけど、性転換者に似てると言いたてられるのは少し違和感があるのかもしれない。

 

「あたしは泣かなかったわ。泣いてたのは清春よ。あたしはあんなとこでしゅうたんをするような人間じゃないもの」

 

 まあ、確かにそうだった。

 

 僕は泣き、温佳は押し黙っていた。閉じられた門は僕たちを急激に、そして完全にその内側から遠ざけたように思えたのだ。僕は門に手をかけ、しばらく泣いた。武良郎はぴーぴー泣きつづけ、ときおり「プー」と不満の意をあらわしていた。

 

「ああいうときは女の方が強いのよ。あんた、いろんな女の子を泣かせてるって、まるであの人みたいに言われてるけど、ほんとはあんたが泣かされてるんじゃないの?」

 

「そう思う?」

 

 武良郎は謎を秘めた笑顔をみせた。テレビで騒がれるのがわかるような表情だ。

 

「そう思うわ。だって、あんたが一番の泣き虫だったじゃない」

 

 僕はこのやりとりに関わらないようにしていた。

 

 顔を合わせるたびこんなことをやってる二人に疲れたのもあるし、温佳がちらちらと見ては無言のかんこうれいを敷いてきたからだった。

 

 しかし、これを書きはじめた頃に言われたように、僕も「嘘をつくわけにはいかない」ので書いておこう。これは「自分の都合のいいようにあったことをねじ曲げてるようなものとは違う」のだ(温佳がそう言った。六章にそうある)。

 

 その後、いったん僕のアパートに立ち寄った温佳はしばらく泣きやむことができなかった。

 

 何時間も泣きつづけ、僕はそのあいだずっと抱きしめていた。それこそ僕たちは着替えるしかないくらい汗と涙で濡れてしまったのだ。

 

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