15.二度目の警告/温佳の災難
人の評判ほどあてにならないものはない、というのは僕たち《家族》にとって公理のようなものだった。
たいていの人間は自らを理知的に考える主体のように思ってるのだろうけど、その実、ほぼすべてがその場の雰囲気とか周囲の影響によって決められている――『自分の意見』と感じてるだけで、ほんとうはそうじゃないのだ。
それと同様に、誰かに下す評価についても周囲からの影響を受けている。評判のいい者にはなんとなく良い評価をあたえてしまうものだし、そうでない者には実際以上に悪い評価を下すというのをよくしている。しかし、これはしょうがないのかもしれない。真にオリジナルな意見などというものは、だいたいにおいて周囲から浮き上がるものだし、それを表明するには人は弱すぎる存在でもあるからだ。
ただ、FishBowlに住む我らが《家族》の面々は、よく言えば強く、悪く言えばまわりの思惑に無頓着な者が多かったので、そういった意味でも(外見や職業、あるいは他者から見た上での曖昧な性別などを別にしても)浮き上がらざるを得ない存在だった。
中でも真昼ちゃんはそのオリジナルな意見の体現者だと思っていた。生きること自体が周囲から浮き上がるのに直結してる――とだ。それに、真昼ちゃんほどまわりの思惑に無頓着というか、影響を受けにくい者もいないと思っていた。物事の本質を見抜く力を持ってるものと考えていたのだ。
だから、上杉の訪問をうけて、話の内容についてはともかく、彼に少なからず好感を持ったのは不思議なことだった。
「ま、これについて私がとやかく言えないのはわかってるつもりだけど、」と前置きを言った上で、真昼ちゃんはこうつづけた。
「先生方に迷惑かけるのはあまりいいことじゃないわね。そりゃ、こうなったのはあんたたちのせいじゃないし、私の方にこそ責任のある話よ。だけど、それは別にして、先生方の心配事を増やすのはよくないわ。受験で大切な時期でもあるんだしね」
僕と温佳は並んでそれを聴いていた。
このときだって僕たちが「芸能界入りを希望してる」という根も葉もない噂は垂れ流しになっていたし、隠し撮りされた通学風景が雑誌に載ってもいた。それが初めて掲載されたとき(『噂の二世タレント候補を激写!!』という見出しだった)、真昼ちゃんは出版社に電話をかけ抗議した。父さんも腕っこきの弁護士を介して正式な抗議をしていた。しかし、これまでもそうだったように、それくらいで騒ぎが収まるわけがなかった。
「あの色黒がここに来たっていうの?」
眉間に皺を寄せ、温佳は中央棟の内部をぐるりと見まわした。
「で、また、わけのわからないこと言ってきたんでしょ」
「温佳、そういう態度はよくないわよ。それに、上杉先生って言いなさい。色黒って、まあ、そうではあったけど、ちゃんとした方に見えたわよ、私には」
真昼ちゃんは――母さんを説得するときみたいに――つとめて冷静に、表情もこういった場合専用のものを用意していた。
「だって、あいつと顎の長いおばちゃんは『これ以上目立つな』みたいなこと言ってきたのよ。そんなのできると思う? ほんとにできるなら、やり方を教えてもらいたいわよ」
瞼をしぱしぱと開け閉めしながら真昼ちゃんは顔を向けてきた。
「志村大先生のことだよ。顎の長いおばちゃんってのはね」
「ああ――」
真昼ちゃんは横を向いた。きっと笑いたくなったのだろう。あの顔を思い浮かべたならそうなるはずだ。
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