「少年、この後も仕事なんだからほどほどにしときなさいよ。――で、人間はそういうの無理なわけじゃない。だから、その代わりに胸が大きくなったっていうのよ。これって、高校生のときに聴いたんだけどね。生物の時間で、どうにも変態にしか見えない教員が言ってたの。だけど、私が行ってたの女子校だったのよ。考えられる? 四十人もの女子高生を前にして、こんなの話すなんて。最低だわ、まったく。でも、最低なのはこの後よ」

 

 その当時を思い出したのか、彼女は顔をしかめた。

 

「その教員が言いたかったのは、胸の大きい女はセックスアピールが強烈ってことよ。『人間も動物ってことですね』なんて笑ってたわ。笑いごとじゃないわよ。私はその頃にはもうこんな胸してたの。だけどね、好きでこんなになったんじゃないのよ。気づいたらこうなってたの。ま、学校で一番大きかったわ。ねえ、それじゃ私がセックスしたくて胸を膨らませたみたいじゃない。実際、それからは陰じゃそう言われてたわ。考えられないでしょ? 男の子とろくに口もきいてないような私がよ、まるで性欲のかたまりみたいに言われてたなんて」

 

 僕の念頭にはある人物の姿(というか胸)が浮かんでいた。チョロが股を開かせようとしていた学年で一番胸の大きい美由紀の姿だ。彼女も事の真偽はともかくやらせてくれそうな女子と言われていた。僕はそういった評判と胸の大きさとの関係について少し納得できたような気がした。

 

「私がこの胸のことでどれだけ苦労してるか、みんな知らないのよ」

 

 唇を尖らせ、彼女は弱々しく首を振った。

 

「満員電車に乗れば、まあ、痴漢はされるじゃない? 初対面の人からも胸ばかり見られるし。挙げ句の果てには名前も憶えてもらえないのよ。『ああ、あの胸の大きい子ね』で終わりだもの。ひどくない? まわりの女の子からは『大きくていいわねぇ』って言われるし、あのおばさんだって挨拶の後の一言がそれだったの。それでいて、陰じゃあんな胸してんだから相当の淫乱だって思ってるのよ。自分は口にも出せないようなこと平気でやってるくせに」

 

 彼女は大きく溜息をついた。まだまだ言いたいけど、この辺でやめておこうという宣言のような溜息だった。

 

「ねえ、私のこと、文句ばかり言ってる女だって思ってるでしょ?」

 

 僕は前屈みのまま「そんなことない」とこたえた。

 

「そういうのってわかる気がするよ。みんな自分勝手につくったフィルターを通して見てるんだ。深く踏み込まないくせに、わかったように言ってるだけなんだ。まったく同じではもちろんないけど、そういうのってあるからわかるよ。でも、そういうときには、こいつらはなにも知らずに言ってるんだって思うようにしてる。知っていてくれる奴もいるからね。そっちだけ見てれば気にならなくなる」

 

 彼女はじっと見つめてきた。からかうようなところも不満そうな部分もなくなっていた。それから、腕時計へ目を落とした。休憩時間はそろそろ終わるのだ。工場へ戻るあいだ、彼女はこう言ってきた。

 

「あなたも苦労してるのね。まさか高校生にあんなふうに言われるとは思ってなかったわ。――ところで、そんなに大人びた君はどうして私の胸を見るの?」

 

「健全な青少年だから」と僕はこたえておいた。

 

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