その、実の母親に関しては、この時点では恋人がいるかどうかわからなかった。

 

 なにしろ、温佳は母さんが好きなのは父さんなのではないかと――これはつまり早乙女脩一氏を愛したことなどなかったのではないかという延長線上の考えではあるけど――思ってるくらいだったのだ

 

 大多数のマスコミも『草介・美紗子復縁疑惑』を細々と追っていたのだから、アプローチの仕方は違うものの温佳と同じように考えていたのだろう(しかしながら、この考えは間違っていたとこの少し後に僕たちは思い知らされることになる。それも、まさに早乙女美紗子らしいやり方によってだ)。

 

 ただ、誰がどのように考えていたとしても、この頃の母さんが大っぴらに恋愛沙汰を公開することはなかった。

 

 カマトトぶる癖を持つ母さんにとって恋愛とは秘しつつすべきものだったのだ。というわけで、母さんがFishBowlに恋人を連れてくるなんてあり得なかった。

 

 つまり、父さんも母さんもルールに従っていたのに、真昼ちゃんだけが抵触したことになる――井田隆徳は真昼ちゃんの恋人だったのだ。

 

 父さんは文句を言った。

 

「そりゃ、ああいうことが起こって不安なのはわかるよ。俺だって清春や温佳ちゃんのことは心配だ。でもな、ルールはルールだろ。それに、これを言いだしたのは、真昼、君の方じゃないか」

 

 真昼ちゃんはつとめて冷静にこう言い返した。

 

「一緒の建物に住むわけじゃないわ。食事を一緒にとるってだけで他は全部別よ。言い訳っぽくなるけど、これはいわゆる恋愛沙汰ではないわ。必要なことなのよ。私はこんな状態で清春も温佳も放っておけないもの。常に誰かが子供たちを見てなければならないのよ。でも、私には無理だし、あなたなんてもっと無理でしょ?」

 

「君はそれほど忙しくないだろ?」

 

「あなたほどにはね。でも、いろいろ行かなくちゃならないとこがあるわ。――ねえ、いつなにが起こるかわからないのよ。私だけじゃ、ずっと子供たちを見てるわけにはいかないわ」

 

「シゲだっているし、うちには他にも人手があるんだぜ。学校の送り迎えくらいならいくらだってできるさ」

 

「でも、同じ人間がずっと見てるわけにはいかないでしょ? こういうのはひとりの人間に任せた方がいいのよ。毎日同じ人間が見てればこそ、ちょっとした変化にも気づくことができるわ」

 

 これに関しては真昼ちゃんの言うとおりだった。それに、なにもしてない井田隆徳はその役割をするのにうってつけでもあった。

 

「ま、彼に任せてみてよ。きちんとやってくれるわ。もちろん子供たちの安全が一番なんだけど、私は安心もしたいの。それには彼が必要なのよ。ここでイチャイチャなんかしないし、子供たちに気づかれないようにする。食事以外は絶対別にするから。住むとこも別なら、寝るのも――」

 

 そこまで言って、真昼ちゃんは頬を赤らめた。父さんは顔を歪め、天井を仰いだ。

 

「――これは、そういう意味じゃなくてよ。寝るのも別だわ。ね、草介、いいでしょう?」

 

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