弟子に関してはマンザイブームの頃から何人も希望者がいたのだけど、父さんはすべて断っていた。その理由は「柄じゃないから」だった。自分は師匠という柄じゃないというのだ。

 そんな父さんがなし崩し的にでなく弟子をとることになったのも一九八一年のことだった。昼のバラエティ番組でやっていた新人芸人発掘企画『目指せ!! お笑いスターダム』でグランプリを()った青年――後のゴンチャロフ山田だ――が楽屋に潜りこみ、弟子入りを直訴したのだ。父さんはそのときも断った。


「俺は弟子なんてとらねえんだよ。そんな柄じゃないんだ。他にいるだろ? もっと、それっぽいのがよ」

 しかし、山田青年は引き下がらなかった。

「なんでもします。風呂掃除でも、洗濯でも。側に置いてもらうだけでいいんです。そうだ、料理もできるんです、僕」

「それじゃ家政婦じゃねえか。いいか、俺はな、『師匠!』なんて呼ばれたかねえんだよ。弟子なんていらねえんだ。帰りなよ」

 ――というやりとりがあった後に山田青年が放った言葉はしばらく父さんのツボになった。

「じゃあ、『お父さん』ってお呼びすれば、側に置いてもらえますか?」

 

 

 ゴンチャロフ山田(僕はゴンちゃんと呼んでいた)は僕にこう言って聞かせてくれた。

「『師匠』なんて呼ばれたくないって言われてさ、とっさにいろいろ考えたんだ。で、出てきたのが『お父さん』だったんだけど、そう言ったらボス笑いだしちゃってね。こっちが困るくらい腹抱えて笑ってさ。俺がボスのことあんなに笑わしたのはあれが最初で最後だったな。

 で、笑い終えて真顔になって、『お前、左ハンドル運転できるか?』って訊いてきたんだ。ほんというと、俺、免許取りたてでろくに運転したこともなかったんだけど、『できます!』って即答したんだ」

 父さんは次の仕事に向かう車をゴンちゃんに運転させた。まだ買って間もないベンツだった。

「俺、初めてに近い運転がボスのベンツでさ。運転するだけでも緊張すんのに、後ろにボスが乗ってるのにも緊張してさ。なにしろ憧れの人と狭い空間に閉じこもってるわけだもんな。シゲさんもいたけど、ボスはずっと俺に話しかけるんだよ。『田舎はどこなんだ?』とか『ミカンは好きか?』ってさ。

 たぶん、ボスも緊張してたと思うんだ。ほら、あの人ってけっこうな人見知りだろ? よくわからない質問してくるんだ。俺はそれにこたえるのとベンツ運転するのでいっぱいいっぱいになっちゃってさ。二回エンストして、あろうことかボスのベンツをガリガリって擦っちゃって。俺はもうこれですべて終わったって思ったね。へたすりゃ殺されるって思ったもん。それからずっと謝りっぱなしだよ。すみません、すみませんって言いながら運転してたんだ。

 局に着いたら、ボスは擦れたとこを見ながらブツブツ言ってるんだ。それから懐に手を入れてさ。俺、この人チャカ持ってんだって思ったね。局の駐車場って広いから、俺みたいのひとり殺したところでバレそうにないし――とか考えてたんだ。

 そしたら分厚い財布が出てきて、そこから名刺と札束取りだして、『ここで直してもらってこい』って。『手付けでこれ渡しとくから』って五十万。

『その前に、お前、この車ちょっと乗りまわしてこい。これが運転できなきゃ、俺んこと迎えに来れないだろ? それと、芸人やりたいなら謝ってばかりじゃなく気の利いたことひとつくらい言えよ。ひと月時間をやる。なんでもいいからそれまでに芸を見せられるようにしておけ』って、そう言ってくれたんだ」

 

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