真昼ちゃんの父君が亡くなったとき、次の理事長はまだ決まっていなかった。順番でいくと真昼ちゃんが妥当だったのだけど――

「私はそんなものになりたくなかったわ」と真昼ちゃんは言っていた。

 しかし、学園側――理事会も真昼ちゃんを理事長に()えるという考えを持っていなかった。

 規定に『性転換者は理事長になれない』という条項はなかったものの、理事会側の《常識的判断》によって、その選択肢は本人の意思とは別に排除されていたのだ。

 真昼ちゃんの腹違いの弟である櫻井敏光氏は学園の経営に参画していたけれど、まだ二十四歳と若く、いまだ理事長になる年齢に至っていないと判断された(それについて真昼ちゃんはこう言っていた。「あの子は四十四歳になっても五十四歳になっても理事長になるには若すぎるわ」)。

 理事会は(ふん)(きゅう)したものの、すったもんだのあげく理事長未亡人を据え置くことに決まった。ただ、未亡人はその言葉が示す意味そのものになっていた。

 未だ亡くなっていない者――死を前提として、まだ死んではいない存在。つまり、抜け殻のようになっていたのだ。

 

「あんなに駄目だとは思ってなかったわ。父親が生きてる頃はしゃんとしてたんだけどね。ショックから立ちなおれば、と思ってもいたんだけど、いつまで経っても立ちなおれなかったわ、母さんは」

 真昼ちゃんはそのように言っていた。

「理事長っていってもお飾りみたいなものだからそれでもよかったのかもしれないけど、理事どもに好き放題やらせてるわけにはいかないでしょ。敏光なんて、あいつらの言いなりだったんだしね。美樹ちゃんもいたけど、まだまだ若くて任せっきりにはできないもの。

 ってことで、私が母さんのサポートをすることになったのよ。理事会には母さんの秘書みたいな感じで出てたの。――ま、それにしたって栴檀学園創設以来の快挙よね。オカマが理事会に出席するなんて」

 真昼ちゃんは肩書きこそなかったものの、新理事長たる母親の付き添い兼軍師として理事会に参加することになった。理事たちが真っ先に排除した選択肢が違ったかたちで彼らの前にあらわれることになったのだ。

「そりゃ、反発はあったわよ。オカマが青少年の教育に口を挟むなって空気が痛いほど感じられたわ。もとから家と繋がりのあった人たちはそうでもなかったけど、それ以外の理事はあからさまに嫌な顔をしたものよ。

 でもね、あの人たちはナリは普通でも頭の中はオカマ以下なの。

 経営状況があんなに悪くなってたのに父に意見した者なんてひとりもいなかったのよ。それが、母さんが理事長になったら『こうなるだろうと思ってた』だの『あのときああしていれば』だの言ってるわけよ。私からしたら、そんな人間が教育に関してああだこうだ言ってる方がちゃんちゃらおかしかったわ」

 

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