「あとは服だな」と僕は言った。「地味すぎるよ。個性がない。まるでリクルートスーツだ」
「は、はあ。そ、そ、そうでしたか」
 篠崎カミラは足早に歩きつつ自分の服を見た。それから周囲にいる女性を検分するかのように見つめた。
「じゃ、じゃあ、きょ、きょ、今日、し、仕事帰りに、か、か、買いに行きます」

 素直なことで――と僕は思った。少々不安になるくらいの素直さだ。騙された僕が考えることじゃないけど、こんなんじゃ悪い男に騙されちゃうんじゃないだろうか? 横を見ると、篠崎カミラは口をひくひくと動かしていた。目はあちこちに向けられ、しかし、何秒かに一度は僕を見た。いったいなんなんだ? なにか言いたいことでもあるのか? そう訊こうとしたときに彼女は突然足をとめた。僕は惰性で何歩か先へ行った。

「あっ、あの、」
「ん? どうした?」
「い、いえ、」
 篠崎カミラは首を振り、うつむきかげんになった。口許はひくひく動き、目は挙動不審かと思えるばかりに動きまわっていた。

「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
「は、は、はい。で、でも、や、やっぱり、」
 僕はちらと腕時計を見て、溜息を洩らした。ほんと、まったくなんなんだよ。
「言いたいことがあるんだろ? だったら、すっと言ってくれ」
「す、すみません。あっ、あの、だ、だけど、こ、こんなこと、さ、さ、佐々木さんに、お、お願い、し、して、い、いいものか、」

 首をぐるりとまわしてから僕は笑顔に似たようなものを用意した。苛々しはじめていたけど、昨日のこともあるしな――と思うようにした。そう、彼女には借りがあるのだ。
「お願い? どんなお願いだ?」
「い、いえ、ど、どんなって、そ、その、」
 会社へ向かう集団は僕たちを避けるように歩いていった。僕はもう一度見せつけるかのように時計へ目を落とした。遅刻まではしないものの、これじゃ予定が狂ってしまう。なんでもいいから早く言ってくれよ。

「あっ、あの、さっ、さっきの、お、お話に、か、か、関することで、だ、だけど、こっ、こ、こういうのを、お、お願いするのは、や、やっぱり、」
 深いところから息を吐き、僕は肩の力を抜いた。苛々したってしょうがない。ここはとにかくその「お願い」ってのを聞きだすんだ。その上で考えればいいだけの話だ。
「ま、昨日は世話になったしな。僕にできることならなんでもするぜ」

 ただ、そう言った直後に僕は深く後悔した。「なんでも」ってのは言い過ぎかもしれない。篠崎カミラはさっと顔をあげた。頬はチークとかかわりなく薄く染まっていた。
「ほっ、ほっ、ほんとうですか? うっ、う、うれしいです。で、で、では、い、い、一緒に、デ、デ、デパートに、い、行ってください。ふっ、ふ、服を、み、見立てて、い、いただきたいんです」
「はあ?」

 僕は自分でも驚くくらいの声をあげていた。通り過ぎた人間が振り返るほどの声だった。
「僕が君の服を選ぶってのか?」
「はっ、は、はい。そ、そうして、い、いただけたら、」
「いや、ちょっと待ってくれ」
 そう言って僕は歩きだした。篠崎カミラは横にぴったりとついてきた。まるで競争してるかのように僕たちは会社へ向かっていった。

「なんでそういうことになるんだ? どうして僕が君の服を選ばなきゃならない?」
「で、でも、あ、あ、あとは、ふ、服だと、お、お、仰ったから」
「そうだけどさ。ま、確かにそうは言ったよ。だけど、こうなるのはおかしくないか?」
「こ、こんなこと、お、お、お願いするのは、こっ、こ、心苦しいのですが、で、でも、わ、私は、そ、そこまで、おっ、お、おかしいとは、お、思いません。そっ、そ、それに、じ、自分に、ど、ど、どんな服が、に、似合うのかも、よ、よく、わ、わからないので」
「そういうのも雑誌に載ってるだろ? 『ふんわりナチュラル系』の服とかにしときゃいいんだよ」
「だ、だ、だけど、わ、私、じ、じ、自信が、な、ないので」


 

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