今度の合コンは小林によると「佐々木メイン」で行われるとのことだった。つまり、僕が中心ということだ。
「この前のあれ、駄目になっちまったんだろ?」
小林はそう切りだしてきた。僕たちは社食を出るところだった。昼休みは終わり、エレベーターで十二階まで上がることになる。
「浮かれてた佐々木が落ちこんだ佐々木になったって聴いたぜ。いまは仕事に打ちこみすぎてて鬼気迫るものがあるってな」
「いや、別に、そんなことは」とだけ僕は言っておいた。
「いいじゃねえか、隠さなくたって」
肩を正拳で叩くと小林は豪快に笑ってみせた。僕は叩かれた部分を手で押さえた。まあまあ痛かったのだ。
「ま、振られることだってあるさ。俺なんてしょっちゅうだ。そんなに落ちこむなよ」
いくらお前だって鍋や電子レンジまで持ち逃げされたら落ちこむだろうよ――僕はそう思っていた。だけど、そんなこと言えない。恥ずかしくて言えるわけもない。小林の横顔を見つめ、唇を歪めるだけにしておいた。
「そういうわけで、次のは佐々木メインで組んだってわけさ。もちろん行くだろ? 全員がお前好みになるよう頼んであるんだぜ。もう、よりどりみどりってヤツだ」
こういった人間にはままあることだけど、小林は地声が大きい。エレベーターホールにいた全員に聞こえ渡る声でしゃべっていた。なんの話かもわかるはずだった。これだって恥ずかしいことだ。
「楽しみにしといてくれよ。ちょっとばかり時間がかかるかもしれねえけどな。なにしろ、お前好みの子だけを選りすぐらなきゃならねえからさ」
もういいから――と思いながら僕はエレベーターの階数表示を見つめた。ふと小林の方を向くと、彼はなにやら難しそうな顔つきをさせていた。
「どうした?」
「いや、」
そう言って小林はじっと見つめてきた。それから、僕の全身に視線を這わせた。
「不思議だよな。まったく不思議だ」
かなりひそめさせた声を小林は出した。
「は?」
「モテないはずないんだけどな。お前のことだよ。タッパもあるし、金だってそこそこは持ってるだろ? ギャンブルはしねえし、女遊びもしねえんだから貯まる一方だもんな。それに、顔だってまあまあだ。それなのになんでいつも振られちまうんだ?」
エレベーターのドアがひらいた。僕たちは押されるようにして乗りこんだ。二十人は入れるものだけど、ぎゅうぎゅうになった。
「なあ、なんでなんだ?」
小林は耳許に囁いてきた。ほんとしつこい性格なのだ。
「そんなの知るかよ。こっちが教えてもらいたいくらいだ」
僕も小声でこたえた。前に立っていた女の子は首をすこし動かして僕たちを見た。
「ま、そうだろうけどよ。だけど、ほんと不思議だよな。モテないはずがないんだよ。――ん? お前、呪われてんじゃねえか?」
激しくうんざりした気分に僕はなった。あの件について教えてないのだからしょうがないけれど、どうしてこうまで人の気持ちを逆撫でするようなことが言えるのだろう?
「まったくそうとしか思えないよな。うん、思えない」
僕はぶつぶつ呟いてる小林を無視することに決めた。エレベーターは各階止まりで、ドアがひらくたびに人が減っていった。五、六人になったところで僕は「ん?」と思った。じっと見つめられているような気がしたのだ。不自然にみえないよう僕は首を動かした。逆側の隅に女の子がいて、僕を見ているようだった。
《佐藤清春渾身の超大作『FishBowl』です。
どうぞ(いえ、どうか)お読みください》