トンネルの出口が見えない。

トンネルの出口が見えない。

弟の人生を振り返っての手記です。

弟の人生の手記です。
幼少期~30歳迄の順風満帆な人生と
挫折と病に苦悩した30代後半~の人生
トンネルに入ったけど
出口が見えて来ない。
そんな弟の人生の手記です。

このブログは、患われている本人と
その家族に読んて頂きたい。
精神的な病気は、どんな経過で発生し
どのように進行するのか?
体にどのような影響を与えるのか?
奈落の底に落とされた人生は
なかなか、這い上がっては来れない。
トンネルの中に入ったまま出て来れない!

このブログは、毎年 期間限定で公開します。
期間以外は、未公開記事として保存します。
掲載予定は、毎年 10月中旬~11月18日と
考えています。


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読者の皆様
訪問 ありがとうございます。
毎年、特定の期間に 私が経験した
弟の人生の手記を公開致します。
弟の人生を振り返る事によって
毎年、弟への想いを記したいと思ってます。

来年 10月から11月
また、公開致します。





パニック障害 大怪我 鬱病 急性膵炎 双璧性
二度目の急性膵炎 糖尿病 低血糖症
低カリウム血症 アルコール依存症 
アルコール脳障害 糖尿病の合併症 敗血症
これでもか!これでもか?と
苦しみましたが
亡くなる前 躁鬱病も治ってると
お医者さんが言ってました。
自分が亡くなる事を悲観してませんでした。
11月18日のお葬式は
お花を一杯飾ってあげました。
沢山の友達が来てくれ泣いてくれました。
弟の死は、悲劇ではなく
トンネルの出口だと思います。
弟の部屋は、まだかたずけていません。
たぶん、母親が生きている間は
かたずけないと思います。
母親は、弟の話はほとんどしません。
まだ、母親の心の奥で弟の人生に関して
割り切れない部分があるのでしょう。
弟よ。貴方の事、忘れません。
天国で私達の事、見守ってね。
お酒、飲み過ぎないでね。
トンネルの出口は、天国だと
信じています。

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長い闘病生活でしたが
平成23年 11月16日 午後1時8分
弟は、亡くなりました。
死亡原因は、敗血症です。
老人のような風貌になった弟が
亡くなった時、痩せてはいますが
元の元気な時の風貌に
戻っていました。

亡くなる前日、母親に電話があり
「できたら、病院へ来て欲しい。」
母親が明日行くと言うと
「間に合わないかも。」と
母親が「今すぐいく。」と言って
病院へ急いで行きました。
私が到着した時は危篤状態で
もう意識がありませんでした。

最後の言葉は「青」だそうです。
楽しかったグアム島を
思い出したのでしょうか?
トンネルの出口がみつかったのかも。
弟にとっての死は、悲劇ではなく
救いだったと思います。
安らかで穏やかな顔をしてました。
病室に光が差し込んできました。





たまたま、私の手記を見つけて
読んで下さった読者の方々
ありがとうございました。
今日の日で、いったんブログの記事を
未公開と致します。
また、来年の10月から11月18日に
公開致します。

毎年、弟の事 思い出して
一年の報告したいと思ってます。

弟にこの曲を捧げます。
アヴェマリア
敗血症で
予断を許さない状態となりました。
吐血もしました。
仕事を休んで、母親と交代で
病院に泊まりました。
私が夕食に病院の食堂へ行き
病室に戻るのが遅いだけで
不安だったみたいです。

「もう死ぬと思う」と
ボソっと言いました。

何も言えませんでした。
後悔してます。
「皆、好きだから。」と
言えば良かった。