つくづく目の前の現実を

私の都合の良い解釈をしていると

実感した。



それが、良い悪いって話ではなく、

苦しいと思う現実も

結局私の都合で解釈しているんだなと。


瞬時に自分を正当化する

思考がでてくる。




でも、これがすべての人に

当てはまることなのか

今の私ではわからない。



私が生きているルール以外で

生きている人がいるかもしれない。




無意識に正解がある、

正解以外はダメだと思う

私の思考の癖。



それによって

勝手に苦しくなって

自分を縛ってきた。



苦しいがダメではない。



苦しいを感じたからこそ

感じられる嬉しいや安心もある。



全部自分でやっているんだ。





怒りの中に

私の我慢だったり

こうでなくてはいけないって

思い込みとかが隠れている。



何でそう思うの?


ほんとにそうなの?



って私に問いかけると



そうじゃなくてもいいな。

ほんとはこうしたいって

思ってるんだな。




まだ深いところまでは

いけない。



相当頑固だ。



生まれた時真っさらだとしたら

そう思うようになった

過程があったはずだ。



1番影響を受けたのは親で

こんな思考になったのは

親のせいだって思っていたけれど、

そう解釈したのは私だ。


ってことは

そう解釈しないも選べたんだ。







最近私が持っていない

選択肢をもっている人に出会う。




瞬時に

ありえない!って思う。



でもありえるで生きている人も

いるんだ。





こうでなけば。。って

わけではないんだなってわかると



なんかそっちの方が

生きやすいかもって思考がでてくる。





私が知らない選択肢が

まだまだある。





今日も読んでいただき

ありがとうございます。



きよみ