城之内早苗「あじさい橋」(作詞・秋元康、作曲・見岳章)
「おニャン子クラブのあぶな~い捕物帳 」(作詞・秋元康 、作曲・見岳章・夢旅人)~カップリング曲~
(1986年6月11日発売)
ソロデビューシングルです。
本人は後年、雑誌『オリコンウィーク The Ichiban』(1999年5月24日号)におけるおニャン子クラブ特集のインタビューでは、「自分が(おニャン子クラブ名義以外で)デビューできるとしたら、ニャンギラスのようなキワモノ系かなぁと思っていたので、スタッフがちゃんと考えてソロデビューの準備をしてくれたことが凄く嬉しかった」という旨を語っている。
作詞・秋元康、作曲・見岳章のコンビは、美空ひばりの「川の流れのように」を製作したコンビでもある。また、ニャンギラスのコミックソング風なデビュー曲「私は里歌ちゃん」も同コンビである。
当時おニャン子クラブに所属していた城之内早苗のファースト・ソロシングルで、演歌で史上初めて、オリコン・ヒットチャートで初登場1位を獲得した(1986年6月23日付)。
女性演歌・歌謡歌手による1位獲得は非常に珍しく、本作以降でも22年7ヵ月後の2009年1月26日付チャートにて秋元順子「愛のままで…」が1位を獲得するまで久しく現れなかった。平成に入った現在でも、演歌デビューシングルでのオリコン・ヒットチャート初登場1位は城之内早苗が唯一である。
城之内早苗のプロフィール
幼少の頃より民謡と三味線を習う。中学2年生の時に東京12チャンネル(現:テレビ東京)とCBSソニー主催の『全日本演歌選手権』に応募したのをきっかけにスカウトされる。その後、1984年に「神栖町民音頭」をレコーディングした以外は特に何も音沙汰が無かったが、1985年5月、スタッフの勧めでフジテレビ『夕やけニャンニャン』のオーディションコーナー、「ザ・スカウト アイドルを探せ!」に出場。見事合格を果たし、おニャン子クラブの会員番号17番となる。在籍中から演歌歌手志向が強く、1986年に「あじさい橋」でソロデビュー。メンバーでは唯一の演歌界進出となった。同曲はオリコンチャートにおいて、演歌で初めて初登場1位という記録を作った。
同グループ解散後は、文化放送『走れ!歌謡曲』木曜日(水曜深夜)のパーソナリティや、フジテレビ『ものまね王座決定戦』にレギュラー出演、優勝も経験した。地方局向けラジオ番組『早苗のハートフル・ダイヤリー』を担当中。
女優としても1994年に放送されたナショナル劇場『江戸を斬る(第8部)』にお雪役で出演。 2001年7月にリリースした「うずまき音頭」は「アース渦巻香」(アース製薬)CMソングとなり、本人も出演している。
2004年12月、『夕やけニャンニャン』のディレクターで、『ものまね王座決定戦』のプロデューサーでもあった木村忠寛(現:フジテレビライツ開発局企画部長)と結婚。
2008年2月、レコード会社をユニバーサルミュージック(ユニバーサルシグマ)に移籍し、シングル「この街で」(テレビ東京『いい旅・夢気分』エンディングテーマ)をリリースした。
2010年9月22日、レコード会社をテイチクエンタテインメント(テイチクレコード)に移籍し、移籍第一弾シングル「泣き砂 海風」を発売。USENリクエストチャートで歌謡曲、演歌部門さらには総合部門でも1位を獲得した。
2011年7月20日、西馬音内 盆唄を発売。日本三大盆踊りとして国指定重要無形民族文化財にも指定されている、秋田県西馬音内の盆踊を題材にした曲である。
城之内早苗はアイドル歌手から演歌歌手に転向した歌手です。
アイドル歌手から演歌歌手に転向したので有名な歌手に長山洋子がいます。最近では、AKB48から演歌歌手としてソロデビューした岩佐美咲がいます。
城之内早苗「あじさい橋」(「日本の名曲 人生、歌がある」より)
城之内早苗「あじさい橋」
城之内早苗「あじさい橋」(カラオケ)
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「おニャン子クラブのあぶな~い捕物帳 」(作詞・秋元康 、作曲・見岳章・夢旅人)~カップリング曲~
(1986年6月11日発売)
ソロデビューシングルです。
本人は後年、雑誌『オリコンウィーク The Ichiban』(1999年5月24日号)におけるおニャン子クラブ特集のインタビューでは、「自分が(おニャン子クラブ名義以外で)デビューできるとしたら、ニャンギラスのようなキワモノ系かなぁと思っていたので、スタッフがちゃんと考えてソロデビューの準備をしてくれたことが凄く嬉しかった」という旨を語っている。
作詞・秋元康、作曲・見岳章のコンビは、美空ひばりの「川の流れのように」を製作したコンビでもある。また、ニャンギラスのコミックソング風なデビュー曲「私は里歌ちゃん」も同コンビである。
当時おニャン子クラブに所属していた城之内早苗のファースト・ソロシングルで、演歌で史上初めて、オリコン・ヒットチャートで初登場1位を獲得した(1986年6月23日付)。
女性演歌・歌謡歌手による1位獲得は非常に珍しく、本作以降でも22年7ヵ月後の2009年1月26日付チャートにて秋元順子「愛のままで…」が1位を獲得するまで久しく現れなかった。平成に入った現在でも、演歌デビューシングルでのオリコン・ヒットチャート初登場1位は城之内早苗が唯一である。
城之内早苗のプロフィール
幼少の頃より民謡と三味線を習う。中学2年生の時に東京12チャンネル(現:テレビ東京)とCBSソニー主催の『全日本演歌選手権』に応募したのをきっかけにスカウトされる。その後、1984年に「神栖町民音頭」をレコーディングした以外は特に何も音沙汰が無かったが、1985年5月、スタッフの勧めでフジテレビ『夕やけニャンニャン』のオーディションコーナー、「ザ・スカウト アイドルを探せ!」に出場。見事合格を果たし、おニャン子クラブの会員番号17番となる。在籍中から演歌歌手志向が強く、1986年に「あじさい橋」でソロデビュー。メンバーでは唯一の演歌界進出となった。同曲はオリコンチャートにおいて、演歌で初めて初登場1位という記録を作った。
同グループ解散後は、文化放送『走れ!歌謡曲』木曜日(水曜深夜)のパーソナリティや、フジテレビ『ものまね王座決定戦』にレギュラー出演、優勝も経験した。地方局向けラジオ番組『早苗のハートフル・ダイヤリー』を担当中。
女優としても1994年に放送されたナショナル劇場『江戸を斬る(第8部)』にお雪役で出演。 2001年7月にリリースした「うずまき音頭」は「アース渦巻香」(アース製薬)CMソングとなり、本人も出演している。
2004年12月、『夕やけニャンニャン』のディレクターで、『ものまね王座決定戦』のプロデューサーでもあった木村忠寛(現:フジテレビライツ開発局企画部長)と結婚。
2008年2月、レコード会社をユニバーサルミュージック(ユニバーサルシグマ)に移籍し、シングル「この街で」(テレビ東京『いい旅・夢気分』エンディングテーマ)をリリースした。
2010年9月22日、レコード会社をテイチクエンタテインメント(テイチクレコード)に移籍し、移籍第一弾シングル「泣き砂 海風」を発売。USENリクエストチャートで歌謡曲、演歌部門さらには総合部門でも1位を獲得した。
2011年7月20日、西馬音内 盆唄を発売。日本三大盆踊りとして国指定重要無形民族文化財にも指定されている、秋田県西馬音内の盆踊を題材にした曲である。
城之内早苗はアイドル歌手から演歌歌手に転向した歌手です。
アイドル歌手から演歌歌手に転向したので有名な歌手に長山洋子がいます。最近では、AKB48から演歌歌手としてソロデビューした岩佐美咲がいます。
城之内早苗「あじさい橋」(「日本の名曲 人生、歌がある」より)
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