少し書くのを迷っていたテーマですが、今日は離婚のことについて綴ってみようと思います。
私たち夫婦は、話し合いだけでは決着がつかず、最終的に調停離婚という形を選びました。詳しい経緯はここでは書きませんが、いろいろなことが重なって、子供たちからのSOSが出され、総合福祉相談所にある女性相談窓口に電話をしたことで大きく動くことになりました。
今でも覚えていますが、本当に何気なくかけた電話の際に担当の方から「それはDVと虐待です。お母さん安全に逃げるように今から手伝うから。」とハッキリ言われてハッと目が覚めた感じでした。
調停の時期が、ちょうどコロナ禍と重なっていたのも大変でした。ただでさえ精神的にすり減る調停という手続きが、感染対策や外出の制限などでいつも以上に時間がかかったり、思うように進められなかったり。
先の見えない中で、離婚の話し合いと初めての緊急事態と、両方に向き合わなければいけない日々は、今思い返してもかなり負担の大きい時間でした。
(なんとこの時、裁判所自体が緊急事態宣言で閉まってしまい、期日指定取り消しにもなりました
)
加えて障害児を抱えてもいるため、娘の定期受診に私の調停、弁護士さんとの打ち合わせなどで仕事に穴を空けまくる日々でした。欠勤ばかりでどんどん給料も無くなり、婚姻費用申立てをしても支払いまでに時間がかかったり、法テラスの支払いも始まったりとお金にとくに悩まされました。
ちなみに私の場合は私の父が元夫と養子縁組をしていたので余計に大変で、私の離婚と婚姻費用請求と私の父の養子縁組解消を弁護士の方にお願いし、それぞれ費用もお支払いしました。
また、虐待を受けた子ども達の心のケアも大変で、調停の争点でも面会交流が一番神経を使いました。この面会交流ですが、元夫は交流に対して興味がなく、元夫の父親、いわゆる義理のじいじが孫に会いたいということで争った感じでした。
この義理の父親が非常にやっかいで、離婚成立後も孫に会わせろと私の職場まで押しかけてくるような人でした。今でもお盆や正月に勝手にわが家の敷地に入り、玄関先に物や手紙を置いていかれます
さてそんな離婚ですが成立してからも、実はすんなりとはいきませんでした。決められたはずの養育費は、結局ほとんど支払われないままです。それから、子どもたち名義で作っていた通帳が、いつの間にか勝手に解約されて使われていたことも調停が始まってから知りました。自分の子どものために積み立てていたはずのお金が、こんな形でなくなってしまうのかと、悔しさと呆れが入り混じったような気持ちになったのを覚えています。
こうしたことを書くと重い話に聞こえるかもしれませんが、今はもう、当時のような苦しさの中にいるわけではありません。養育費はあいかわらず滞納されていますが、離婚できたことで虐待を受けていた子ども達は実にのびのび成長できるようになりました。
ただ、同じように調停離婚を経験している方や、養育費のことで悩んでいる方が、この世の中には他にもたくさんいるんだろうなと思います。私自身の記録として、そしてもしかしたら誰かの何かの参考になればと思い、書き残しておこうと思いました。
こんな私ですが、DV虐待被害者の会にも参加しています。
共同親権がスタートするまで勉強会をしたり、スタートしてからも意見交換をしたりしています。今も戦っている仲間もいて、心配と応援をしています。
もし悩んでいらっしゃる方がいれば気軽にお声をかけてください