帰りたくなる場所

 

 

 

 

 

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 雪が降ったり、やんだり、晴れたり、曇ったり。きょうの札幌は安定しない天気だ。個人的な感想だが、20年前、就職で札幌に引っ越してきたころは、冬はもっと冬らしく、常に寒かった。たまに暖かくなること自体が珍しかった。積雪ももっと多かった、気がする。

 

 不安定な冬の天気は、どちらかといえば北海道よりも東北地方らしいと感じる。

 

 藤沢周平は雪の描き方が上手だなと思う。「用心棒日月抄」では、青江が藩主毒殺の陰謀を知り、許嫁の父をやむなく斬って江戸へ出奔した日。赤穂浪士の討ち入りを盟友細谷とともに見届け、胸を熱くした日。江戸での放浪にも似た戦いの日々を終え、故郷の屋敷に帰った日。どのシーンでも、雪の描写が物語にアクセントを加えている。

 

 藤沢は山形県出身。実家は農業を営んでいた。雪に苦しめられ、そして雪に生かされてきた。結核治療のため故郷を離れ、療養を終えた後は東京で業界紙記者となり、そのかたわら小説を書き始め、直木賞を手にした。何気ない一つ一つの筆致に、雪、というよりも、雪降る故郷への愛情が込められているように思う。

 

 私は学生時代を東京(居住地は川崎市だったが、大学は都内)で過ごした。親元を離れて、狭いワンルームの部屋で授業をさぼって寝転がり、留年の恐怖に怯えながらも、友達のいない大学へせっせと通う気にもなれない。バイトも面倒くさい。引きこもりになり、昼夜逆転の生活で、歯を磨くのも面倒になり、虫歯が増えた。そんなころ「用心棒日月抄」を読んだ。江戸で刺客に追われ、用心棒稼業でその日暮らしの青江と自分を重ね合わせ、故郷を思った。たまたま合格してしまった大学に通うことになり、都会の雰囲気とリッチなクラスメートになじめず(とにかく金持ちの多い大学だった。地方のサラリーマン家庭から上京した私は、とにかく居場所がなかった。まあ、今となれば、自分のコミュニケーション能力の問題でもあったということが分かるのだが、当時の私はとにかく、やさぐれていた)、生きるのがつらかった私にとって、青江はヒーローであり、架空の先輩であり、架空の友達でもあった。あのころ、私もしばしば故郷の雪を思った。帰りたいと思った。

 

 さて、この投稿ネタとも雪とも関係なくなって恐縮なのだが、用心棒日月抄シリーズで、好きなシーンがある。以下ネタバレだが、「孤剣」の最終盤。江戸での任務を終え、ついに故郷に帰る青江が、つらい任務をともに戦い抜き、生死の境を切り抜けてきた忍びの佐知と、探索の思い出を語り合う。お助けするのが楽しかった、青江さま、とほほえむ佐知。そして夜も更け、ついに別れる時が来る。佐知に背を向け、歩き出す青江。振り返ると、佐知はまだ立っている。青江はきびすを返し―。

 

 この時点で青江は結婚している。道ならぬ恋と分かっていても、止まらない。濃密な2人の愛が、切れのいい文章でつづられる。そのコントラストに酔わされる。何度読み返したか分からない。

 

 生まれ変わったら、青江のように生きたい。許嫁の父を斬り殺すような修羅場はごめんこうむりたいが、苦境にあってもさわやかに、誇りをなくさず、権力にこびず、かといって理想論ばかりではなく、世の中の裏も知り、知恵も働き、力なき者に寄り添い、腕が立ち、その腕で人生を切り開き、友達を大切にして、そして女性にモテる。

 

 かっこいい男とは、と聞かれれば(まあ、だれからもそんなこと聞かれたことないけど。私は自分のことをスターか有名人のように勘違いし、「プロフェッショナル」や「情熱大陸」に出たら何をしゃべろう、みたいな妄想をすることがある)、青江又八郎と答えたい。いつか青江に会ってみたいなあ。いつまでも私の憧れだ。