物騒なタイトルだが、まあそんなに血なまぐさい話ではない。

 

 誰かにやり返したいとか、一矢報いたいという気持ちになったとき、たとえ相手に非があるとしても、正しい方法でやらなければ誰も支持してくれないという話だ。

 

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 うちの会社に「名物」おじさんがいる。上の指示に逆らい、下にはパワハラをし、誰彼かまわず噛みつく狂犬のような人だ。

 

 このおじさん、仮にAさんとする。Aさんは若いころから狂犬だったわけではないらしい。徐々に荒れていったそうだ。

 

 Aさんはもともと頑固な人で、上司と小競り合いをすることは昔からあったという。それで徐々に疎まれた。疎まれ、あるときに明白な左遷人事をされた。そこでぶち切れた。左遷された先の部署で、Aさんは徹底抗戦に出る。あれこれ理由をつけてまったく休まず、残業をしまくり、各種手当を会社に要求するようになった。詳しく説明すると私自身が身バレするので詳しくは書けないが、30分で終わる仕事に丸々1日かけるようになったという。本来は事務処理能力が高く、そういう意味では優秀な人だったのだ。なぜそんなことを? Aさんは「本来自分がいるべき部署で稼げたはずの金を取り戻しているだけだ」と周囲に話したという。

 

 その後、Aさんはまた左遷された。新しく配属された部署では、優秀な人間が深夜勤務に振り分けられ、その分深夜手当てをたくさんもらうという仕組みがあったのだが、Aさんは文句ばかりで仕事をしない(と会社に思われた)ので深夜勤務を割り当てられなかった。Aさんは直近数カ月の勤務ダイヤを調べ、会社に「不公平だ」と訴えた。その後またまた左遷され、その職場では再び「休まない戦略」を採った。今は「手当を渡さないなら過去のことを洗いざらいしゃべって会社を訴えてやる」と脅しているという。そして社内で孤立したまま、今に至る。

 

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 Aさんに同乗する部分もあるし、会社にも過ちがあったと思う。しかし私がAさんの立場なら、ああいう戦い方はしない。会社に従えということではない。むしろ逆だ。Aさんは最初に左遷されたとき、もっと堂々と戦うべきだったのだ、

 

 不当な人事だと信じるなら会社を訴えてもいいし、組合を味方につけて徹底抗戦して人事を拒否してもいいし、なんならマスコミに情報を流してもよかった。まずは、そういう正しい方法で戦うべきだった。深夜手当てが欲しいなら、自分の下手さを認め、うまくなろうとするべきだった。自分のできないことは練習する、分からないことは教えを請う、職場環境に不満があるなら仲間と一緒に改善しようと団結する。僕なら、自分の技術で活路を切り開くことに懸けたい。Aさんはそういう正攻法が嫌いだったのか、ハナからいじけており、いきなり変則戦法に出たように見えた。

 

 正攻法で手を尽くしたけど万策尽きたときは、少しずつダークな手段に出てもいい。でも、まずは正攻法で戦うべきだ。Aさんは今「手当を渡さないなら過去のことを洗いざらいしゃべって会社を訴えてやる」と会社を脅していると前述したが、僕はむしろ今すぐやればいいと思っている。正攻法で、正直に訴えて、正当な権利を臆さず主張するべきだ。

 

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 なぜこんなことを書いたかといえば、話はちょっと遠回りするのだが、ある日本代表選手の性加害報道疑惑を巡り、選手を応援する人たちと、被害を訴える女性たちを応援する人が、SNSやヤフコメで汚い言葉を浴びせ合っているのを見て絶望したからだ。ジャーナリストとして著名な方が「たかが玉蹴り遊びより女性の人権が大事」という趣旨の投稿をして炎上した。本人も炎上狙いだったことを認めている。根拠もなく女性側を「ハニートラップ」「噓つき」「美人局」という趣旨の言葉でののしる著名インフルエンサーもいる。選手側も女性側を告訴しているにもかかわらず、「男なんてどうせどいつもこいつも野獣」「女性が覚悟を持って声を上げた時点で男は常に有罪」という人もいる(男性優位の社会で多くの女性が抑圧され、性的に虐げられ、搾取されてきたという歴史の経緯から目をそらすべきではないと思うが、そのことだけで暴走して事実をねじ曲げてはいけない)。どちらの主張が事実か分からないのだから、女性側が訴えたこと自体を罵倒することも、または選手を「レイプ犯」「お前の競技人生終わり」と嘲笑することも、今の段階ではどちらもいけないことだ。まして報じた週刊誌を批判するのは筋違いだ。

 

 落ち着け、と思う。

 

 思うに、どちらかを応援している人の多くは、大なり小なり感情移入して、まるでわがことのように思いながら炎上合戦に参戦しているのだと思う。その中には、男性著名人が何をやっても許されるように見える風潮に自分自身も虐げられてきたと感じている人も、逆に女性が台頭する社会情勢を面白く思わない人も、ただ有名人が没落するところを見て自分の恨みを発散したい人も、とにかく誰かをたたいてストレス発散したい人も、いるだろう。みんな、この問題にまつわる議論に参戦することで、自分の心にある何かを発散したいと思っており、そこに共通するのは「自分もまた(被害女性のように、あるいは選手のように)被害者である」という気持ちなのだろう。人間は「自分は被害者だ」と信じ込むことの快楽からなかなか逃れられない生き物だからだ。この件は、世の中の無数の人間にとって「復讐」の場へと姿を変えてしまったのだろうと思う。だから暴走する。もちろんそうじゃない理性的な方もたくさんいらっしゃると思うので、その方々には申し訳ない。

 

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 ここで話は冒頭に戻るのだが、たとえ自分が被害者であっても、正しい手段で戦うべきだ。炎上狙いなんてもってのほかだと思うし、個人的にも大嫌いだ。

 

 僕はこの場合の正しい態度とは「事実に基づいて考え、発言する」ことであり、「より正直な人間の方を支える」ことだと思う。双方の主張はまったく対立しており、部外者であり凡庸な頭脳の私にはどちらが正直者か分からない。分かるまではどちらの味方にもなるつもりはないし、分からないのにぎゃあぎゃあ騒ぐのはダサいことだと思う。事実が明らかになって、事件の全体像が見えてから、それでも何かを言いたいのなら、言うべき事だけを言えば良いのだと思う。

 

 僕はこの件において、どちらにも感情移入していない。だから僕にとってこの件は「復讐」の舞台ではない。だから偉そうなことは言えないが、選手側と女性側、どちらかに感情移入している人も、今は事実が速やかに明らかになるよう、静かに、かつ忘れず、見守り続けるべきだと思う。たとえよくないことをしたとしても、罪を犯したとしても、正直に告白した人間には、その一点においては報いるべきだと思う。

 

 (関係者の人権を必要以上に損ねることのない範囲で)事実が明らかになり、正しいことを訴えた人が正しく報われなければならない。僕の願いはシンプルだ。正直者が報われる世の中であってほしい。いつも途中まで偉そうなことを書くのに、結末は平凡ですね。すみません。

 

 長々と失礼しました。最後まで読んでくれてありがとうございました。昔、欅坂46というアイドルグループに長沢さんというメンバーがいて、その方はブログの最後に「読んでくれてありがとうございました」と必ず書いていて、きっとこの人はいい人だと思っていた。その後、いろいろあって卒業し、卒業してからもいろいろあって、今はどこでどうしているか分からないが、長沢さんはきっといい人だろうから、幸せになってほしいと思っている。