まことに小さい声ですが

　　　　私の俳句教室

　孫のような子たちを相手に俳句教室をしている。

　今までも、これと似たようなコトを書いてきたのですが、この一行だけを

初めて読んで、理解していただけているのでしょうか.

　年齢差の大きい者が向かい合って俳句を語り合うのは珍しいことではない

から、文章としては成り立っているのでしょうね。

　でもね、と、考えこんでます。

　またまた私の悪い癖です。理屈っぽい。

　現場を見てもらうことが出来ないので、文章で説明しようとして困っています。

　そこでは、私と孫のような小学生が言葉あそびをしている。そして、その子

たちの母親は、ニコニコと笑って見ている、だけ。

　学校の〈教室〉ではなく、　会場になっているのは公民館。

「伝統文化の楽しいこども教室」と表示してある。

　そこの教室での、最近の一番のお気に入りの一句が

　　　　　　ひいじぃじシールはってもおこらない

　私の俳句教室で、とうとう、ひいじいさんが登場してくれたのです。

ひいじいさん。曾祖父ですな。それが嬉しい。

　同じ意味でも仮名で書くのと漢字で書くのでは、伝わる意味が異なる。

　ひいじぃじ、には体温がある。

　そして何より、愛がある。

　ひいじいさんは、ひ孫には何をされても怒らないのだ。

　そのことが分かるだけで私は、その場でノートに書いて見せてくれたこの句は、

ほんとに嬉しかった。

　これが、私の自慢の俳句教室。

　子より孫の方が可愛い、と、みんな言う。

　それほど可愛い孫の、その子ならば、もう可愛くてしようがないだろう。

　　　　　　　ばぁちゃんのおせちをかこむ、しあわせを

　これまた何という嬉しい孫のことばだろう。

　これほどの倖せはほかにはない。

　祖父母と孫の関係。うれしい関係。

　考えれば不思議。理屈で説明できないことばかり。

　さてさて。

　前記の〈ひいじぃじ〉の句だ。

　小学校４年生の子の、ひいじぃじはもう百才に近いだろう。その、ひ孫の

母親が、孫に当たる。その、仏さまになってしまいそうなお人が、死ぬ前に

話しておきたいコトを、娘にではなく、孫娘に語った、というのだ。

　先の大戦の記憶だ。

　胸に秘めていたコトを、超高齢になってはじめて口を開く。世間でよくある

個人の歴史体験。

　どの人も、何故か多勢には話をしない。

　限られた人にしか語ろうとしない。

　選ばれたほうは、何故自分に？と思ってしまう。

　シールを貼られてもニコニコしていたひいじぃじ。

　ひ孫は、シールを頭に貼ったらしいのだ。

「おじいちゃんゴメン」と、その母親が代りに謝っただろうイイ風景。

幸福な家庭。

　だけど、或る日、祖父は孫に語ったのだ。

「実は自分は、ロシアで捕虜になり、強制労働させられていた」と。

　若い孫娘は、それを聞かされても、はじめは何のことか理解できないでいた。

そして何故、私にだけその話をしてくれるのか、と考えこんでしまう。

　けれど、くり返し語られる話を聞いているうちに、何故かは分からないが、

私にポツリポツリと語ってくれることだけは、キチンと聴いておこうと、

意識するようになった。

　そして、一年前だったか、話題になった映画『ラーゲリより愛を込めて』

を観に行ったのだ。見ても、真意が分からないであろう小学生の息子を連れて。

　シベリア抑留の体験を、孫娘に語りたくなった祖父。

　その話を、我が子には伝えなければならぬ、と思った若い母親。

　忘れてはならないコト、と思った記憶。それが三代のちに伝わっていくか

どうか、分からない。それでも、とささやかな行動をつづけている若い母親。

　私は、偶然、そういう母と息子の物語に立ち合ってしまったのだ。

「お正月にナニして遊んだの？楽しいコト、あったかな？ナンデモいいから

五・七・五に書いてみて」

「お正月だから、筆を使って遊んでみて」と。

　すると、

　　　　　一月のわたしのピアノは銀のいろ　　　　　　　奈々

　　　　　奈良県はぞうににきなこをつけて食べ　　　　　　〃

　　　　　友と行く凍て雲邪魔して年明ける　　　　　　　大翔

　　　　　ばあちゃんのおせちをかこむしあわせを　　　　　〃

　　　　　辰年に出てくる虹は年神様　　　　　　　　　　まり

　　　　　ひいじぃじシールはってもおこらない　　　　　光徳

　シベリアで地獄を体験した人も、今は、ひ孫の前では仏さまのように

ニコニコしているのだった。

33４ 私の俳句教室

33４　私の俳句教室