2日目は、さすがに昨日よりは落ち着いてできた。でも、完全に100点満点だったわけではなく、見えないものは見えないし、判らんものは判らなかった。それでも、自分の中では、、、、よかったぁー、、、何とか、、、、、。ってーほっとしていた。 しかし、何日か経ってから一番体が大きい(上にも横にも)審判員の斧ちゃんがテレビ中継をDVDに焼いてくれて、、、自分の姿を見てみると、、、、唖然!、、、一日目も二日目も大差なく、、、あ~あ、所詮、俺ってこんな感じなんだ!ってガッカリさせられた。 



 この浜松での大会の最終日である2日目の今日は、ブラジル戦があり、、、在日ブラジルがたくさん住んでる、ここ浜松会場は完全なるブラジルのホームと化していた。観客席はブラジルカラーの黄色や緑色に染まり、太鼓やら笛やら鳴り物もかなり持ち込まれ、異様な熱気に包まれ、ほぼ満員状態、、、警備陣だけでは収拾がつかない恐れもあり、特別に審判も警護のお手伝いをすることになった。 「おいっ、ちょっとやべえーなぁ、、、暴動でもおきそうじゃねーかぁ!」、、、ブラジル人の中には、昔、学校で先生が持っていた声を大きくさせる拡声器まで待ちこまれていた。笛をピロピロあちこちで鳴らされており、、、試合に差しさわりが無いように(試合中の主審の吹笛がきこえるように)、笛を吹くのはやめてもらうようにゼスチャーで説明し、、、拡声器を持っている人にはどこかに持ち出してもらうか、そのままだと入場できないことを伝えた。 試合は何とか、揉め事も起こさずに終わったが、ブラジルが得点を取った時の騒ぎは、、、サッカーのサポーターのそれと同等か、上回るような騒ぎだった。


 こうして、2日間のバレーボールワールドカップ男子浜松会場での試合は終わった。全て初めての経験でしたが、個人的には何ともお粗末な出来で、とても人前でバレーボールワールドカップに参加したよ、、、なんて、言える状態ではなかった。でも、あれから何年も経った今だから言えるが、国体での記録員、ワールドカップのラインジャッジ、、、それぞれ、上手くできなかったからこそ、その後に特別に執着心を以って必死に取り組むことができ、何とか理解し、練習した結果、最終的には主審での判定がしっかりできるようになったんだと思う。




 それから、しばらく干されていたのか、ラインジャッジをする機会は減り、あっても、リザーバーぐらいだった。そして、それから1年後ぐらいに、ある意味地元である藤枝の県武道館で行われたVリーグ男子大会に久っ々に4番のラインジャッジで選ばれ、、、何でもない当たり前のことだが、ようやくしっかりしたライン判定ができた。 右側にいる主審とワンラリーごとアイコンタクトがとれ、緊張気味の3番のラインジャッジをカバーしながら試合をやりきれた時は、本当に嬉しかった。まぁ、実際、自分が上手かったのではなく、その時の主審のコンタクトの取り方、確認の仕方、声のかけ方など、、、想像を絶するくらい素晴らしい運営のお陰だったからだ。大阪の双子の国際審判員の一人だったのだが、その日の夜、その審判と一緒に美味しいお酒を飲めたことは一生忘れないだろう。そして、その日の試合終了後に大阪弁で声をかけられた君、助かったよ、、、ありがとう!って言葉も、、、。