今やっている「御上先生」というドラマの生徒役で、蒔田彩珠と高石あかりが出ています。


1年ほど前にNHKで放映した「私の一番最悪なともだち」に出ていた二人。



その高石あかりが、「ばけばけ」という朝の連続テレビ小説の主演に抜擢されました。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻 節という役どころ。

小泉八雲といえば「耳なし芳一」などを収めた「怪談」が有名ですね。

そこで、池田雅之著「小泉八雲 日本美と霊性の発見者」を読んでみました。


八雲は1850年生まれ、ギリシャ人の母と、アイルランド人で軍医の父との間に生まれました。


しかし、3歳の頃には、父の母に対する愛は冷めてしまい、失意の母は慣れないアイルランドの気候も相まり心を病んでしまい、一人ギリシャに帰ってしまいます。これが八雲と母の永遠の別れになってしまいます。


父は八雲5歳の時にはさっさと再婚。八雲は大叔母に引き取られて養育されます。


厳格なカソリック教徒であった大叔母は、夜は八雲を狭くて陰気な部屋に閉じ込めて外から鍵をかけて灯りも消し、一人で眠ることを要求します。


この部屋で八雲は毎晩のように幽霊の出現に悩まされます。


大叔母の家には、ジェーンという熱心なロマン・カソリック信者の女性がいて、心優しく、八雲は懐きます。


ある時、「どうしてそんなに神の思し召しに忠実じゃないといけないの?」と言った八雲に対して、ジェーンは烈火のように怒り「私たちをつくりたもうた神を信じれないなんて、生きたまま地獄の業火に焼かれるがいい!」と怒鳴って部屋を出ていきます。


ショックを受けた八雲。同時にジェーンのことが大嫌いになり「もうジェーンなんかいっそのこと死んでしまえばいい」と思うのですが、なんと実際ジェーンは死んでしまうのです。


ところが、後日、八雲はジェーンを見かけたので「ジェーン!」と声をかけたところ、女性は振り向いたのですが、その顔は青白いのっぺらぼう。。。


怪談を地で行くエピソードですが、八雲にとっては深いトラウマになってしまいます。


更に息苦しいようなカソリックの学校に入れられて、元々母を通してギリシャ神話や、そこかしこに妖精や霊が宿るアニミズム思想に親和性を感じていた八雲は、すっかりキリスト教嫌いになってしまいます。


この学校時代の八雲の様子を夢想好きと友人は評しますが、少々現実逃避的だったのかもしれません。この時事故で片目を失明。


19歳の時に単身渡米。新聞記者として20年を過ごします。


学校教育のお陰でフランス語には堪能でフランス文学の翻訳なども行います。


その彼が日本の横浜の地に立ったのは出版社の記者としてでした。


ところが同行した挿絵画家の給料が自分より遥かに良いことを知り、激昂。「陰謀だ!」と叫んで出版社を辞めてしまいます。


激昂して「陰謀だ!」と叫ぶのはこの後熊本五高を辞める時、東大を辞める時、と数多あり、結構直情的な面があったようです。


ただ、横浜、鎌倉、江ノ島などを回るうちに、すっかり日本に魅了されていきます。


その彼が、山陰の神在処である松江に行くことになるのは、イギリス人で東大教授であったチェンバレンの紹介で島根の尋常中学校・尋常師範学校で英語教師を勤めるためでした。


水木シゲルも山陰の境港の出身ですね。鬼太郎ロードを訪ねたことがありますが、自然を超越した存在が溢れるエリアなのかもしれません。


八雲はもうすっかり、この古き良き日本の虜になっていくわけです。ギリシャ神話とも似通う八百万の神が住まう国。彼のメンタリティの基礎を成すアニミズム的なものが溢れる場所。


私は八雲はかなり長く松江に留まっていたような勝手なイメージを抱いていましたが、実は僅か1年3月の滞在でした。


理由は、冬の寒さがこたえたというのと、妻節と出会い、その親族合わせて9人家族になってしまったので、より良いサラリーが欲しいということだったようで。


但し、この夢のような松江時代でも、日本の学生の非個性と想像力の無さに危惧を感じていたようです。


日本人の適性に応じた教育方法ではないからではないか、あっていないのに西洋式のスタイルで、西洋式の教材を使っても、結局記憶力に頼る勉強スタイルになるだけではないか。


書簡にそのような内容を八雲は書いていたようですが、この特徴は今も連綿と続いていますね。「御上先生」でも、日本の教育の問題が指摘されていますが、本質が今も昔もさほどに変わっていないのはどうしてなのでしょう。


さて、八雲はこの後、2倍のサラリーをくれる熊本五高に赴任します。校長は嘉納治五郎。(柔道の人ですかね。)


しかし、八雲は大きく幻滅をすることになります。


続きは後編で。