「最後はなぜかうまくいくイタリア人」という本を読んだ。

正直な読後感は、ずばり。

なんか、いいなぁ。

である。

この本は2015年に出版されて、2018年に文庫化されて今年の8月に第7刷が出されている。ロングセラー。著者は30年にわたり日伊を往来するワイナリージャーナリスト。

おそらくイタリア人の実態を知りたい、というニーズだけで読まれている訳じゃないと思った。

なんだろう、ちょっとオアシス感があるというのか。ノスタルジー感があるというのか。

たとえば。

地域で多少差はありといえ。

時間にルーズだけど、そこにはルーズなりの人生哲学があるという。

人生は不測の事態でできている。そんな綿密に計画立てても意味ないじゃん。その場、その場で機転を効かせて対応する。でも一応無理そうでも最後まで粘ってみる。最後は火事場の馬鹿力で帳尻を合わせてみたりする。

加えて「好き」と「美しい」が全ての判断基準。

嫌なことは棚上げ。好きなことに集中。ゴール一直線など楽しくない。道草や旅程の脱線・冒険大歓迎。だってそれが人生の醍醐味だから。

とにかく子供の頃から、野生の感覚で臨機応変、審美眼、直感を磨き上げる。そして。

今を生きることに全集中。

楽しそうよねぇ。鬱なんて吹っ飛びそうよねぇ。

でも、問題先送り体質は、社会の根本的問題においてもそうなので、社会として見たらいかがかという面があったり。

自分も嫌なことは避ける分、脱税とか軽犯罪といったことまでも寛容だったり。

見栄えの美しさを求めるあまり、形だけ取り繕うダブルスタンダードが横行していたり。

分業が苦手で、全ての工程を一人でやる職人気質の人が多く、労働生産性が極めて高いとは言いがたいとか。(でもフェラーリとか、デザイン性が高くこだわりの製品を生み出すのは得意。)

家族親族で行うファミリー型中小企業も多いらしい。仕事中も自分時間が自由に入り込んだり、食事の時間に仕事の話で盛り上がるとか、生きることと働くことが融合していて、そのあたりルーズというか自由というか。

とにかく楽しくやりたい。

そういう感じみたい。

「ファミリー不動産」。

Netflixで見た、フランス人一家が不動産業を営むビジネスリアリティ番組。フランスとイタリアは気質が全く違うらしいが、ファミリービジネスの楽しさや、生きることと働くことがうまく融合している感じは伝わってくる番組だった。

昔の日本、いや一部は今の日本でも残っている感覚かもしれないが。消えつつある気もするよね。

IT化・デジタル化の波と、イタリア文化がどう折り合いをつけるのか、融合するのかも知りたいところ。

「おわりに」内の言葉がちょっと印象的。

日本とイタリアの比較。良し悪しでは語れない。好き嫌いも言えない。でも、日本の完璧に近い高度なサービスは、誰かの高度な犠牲的労働の上に成り立っているのかも、と。

ま、日本は和と礼節の国だ。本来は、静謐で穏やかな精神性を生み、生きづらさに直接的には繋がらないはずだけど、同調圧力強めとか、陽気で活力ありますにはちとなりにくいとか、あるのかも。

ただ皆で楽しく働いて、それが楽しく生きることにつながる。そういうの、別に日本的価値観と両立しうると思う。もう一度ちょっと取り戻したいかな。

いや、私の場合はもう遅いんだけど、若い人にはね。