
イースター島で描きました
何で赤い目だったんだろう…
とても疲れていて 火星のエネルギーが欲しかったのかもしれない
マナは領地を厄災から守り
家畜を繁殖させ
さつまいもや サトウキビが豊かに実らせる
人の中では神から力を授かった王が
最大のマナを持つとされました
モアイはお墓でもあり
死者のマナが再び 像に宿り
村にマナの力を与えるもの
イースター島への渡って来る者が増え
多くの村ができ
多くのモアイが台座に立った
小さな島にモアイが約1000体
やがて 権力の象徴 へとモアイは変化したのだそう
島民が増えすぎたのか 荷物に紛れてきたネズミの大繁殖があったのか
島民は食料危機に陥り
部族間による
モアイ倒し戦争が始まります
それは150年間続きました
守り神 モアイのマナの力を潰すため
うつ伏せに倒され 目は粉々に砕かれ
全てのモアイは倒されました
オロンゴ
鳥人儀礼の地
1年に一度 部族を代表した男たちが
切り立った絶壁を下り
荒海を泳ぎ渡り
向こうに見える小島に 海鳥の卵を取りに行くんです
恐ろしや
多くの勇者が命を落としたそうです

モアイが全て倒れた島に
ペルーの奴隷狩りがやってきたのです

ラノカウ火山湖 湖の水は真水
この間まで 洗濯や 畑を作りに この崖を降りて湖まで行っていたのだそうです
奴隷狩りに
連れていかれた奴隷の中に
時の王や王子も居たのだそう
奴隷となり重労働を強いられ
多くの者たちが命を落としました
見かねたタヒチの司教が ペルーに働きかけ
生き残った100人を送還
しかし その船の中で多く 結核や天然痘で命を落とし
そして帰る事の出来た15名から 島民に病が伝染 多くの島民が亡くなりました
この後も島の人々は ペルー チリ
その背後の大国イギリスに翻弄されます
チリ海軍が
イースター島を
イギリスの羊毛会社に貸し出したのだそう
羊毛会社は 島民が羊を盗めないように
島民をバンガロア村に監禁したのです
チリのナショナリズムの変化と
独立運動が実を結び
今があります
イースターは キリスト教の 復活祭
しかし 島の人たちは島を
イースター島と呼ばず
昔からの呼び名
ラパ・ヌイ島(大きい島)と呼びます
全島民がチリの市民権を得
島民が選挙で町長を選び
ラパ・ヌイ人のみが 島の土地を所有できるなど 特権を得たのが1964年
私が生まれた年…
1995年
世界遺産となり
チリの重要な観光資源となり
やっと豊かになりました
ラパ・ヌイの人たちが 今やっと
少しづつ 幸せを味わっている日々なのだと 感じます

バンガロア村

ガイドの最上さん イースター島に住んでおられます
ラパ・ヌイ人は 外国人を受け入れず 最上さんはとてもとても苦労されたのだと 他のガイドさんに聞きました
最上さんはこの笑顔 🌟
そんな事いいんだ って聞こえてくるような笑顔
ラパ・ヌイの歴史を知って 島を モアイを ラパ・ヌイの人たちを 心底愛してやまないんだなって思いました


ーモアイの謎と未踏の聖地
野村 哲也著
イースター島で 友人とよく
「この島の人たちは欲が無い」
と話しました
ホテルの中のお店は3日間の宿泊の間
ほんの数時間 それも16:00ころ
まだ殆ど 誰もホテルに帰ってない時間に ひっそりと開き ひっそりと閉じました
それでも
こうして欲しいと伝えるツアー客に
決して 出来ないと言わず
一生懸命応えようとしてくれます
これが ラパ・ヌイ人 なのかも
しれません

使ってやって下さいませね





