留学記 その4-パニックの1年目
そして大学院にての授業が始まった。どこかの誰かが大学生の私に“大学院に入ったら自分の専門の授業しか取らないから大学より大変じゃないよ、、、”と。そうか、自分の好きなことだけ勉強するならそうかもな、、、と納得していた。が、、、、、、始まってみたらびっくり。自分の専門しか勉強しないってことはどのクラスも手を抜くことは許されないことだった。どのクラスもきちんと勉強しないと必ず後で自分に返ってきてしまうという自業自得型生活。しかも内容は明らかに学部より何段階も高度になっていた(当たり前だよな!)。
いつものごとく、小心者の私は初日でパニクった。授業はひとつのクラスが一回3時間。確か一つ目の授業は精神病理(psychopathology)。その間、先生はしゃべりまくり。みんな必死でノートを取っていたが、、、、、書くのも遅い私はなんだか授業の半分くらいしかノートが取れず、大切なことを全て書きとめられなかった。これじゃ、、必ず落ちる!とパニック。思わず、最初の授業が終わってから先生に“全然分からなかった。”と漠然と言ったら、先生“なに?panicって言う意味が分からないの?”(パニクッてる私にパニック障害の授業!)。そうじゃないんだけど、、、、
そして運命のbiological psychologyのクラス。このクラスは全ての学生の必修クラス。つまり将来的に神経心理を専門にしなくても臨床心理の学生はみんな取るクラスだった。このクラスの先生の授業はなぜかはまった。この先生も3時間、あまり黒板にも書かずにしゃべり倒す先生。ノートを必死で取る3時間。到底スピードについていけず、全ての授業をテープ(なつかしい!!)に取ることにした。この授業があった日は、録音したテープをもとに家でノートの抜けているところを埋めるという地味ーなことをしてた。神経解剖学、神経科学なんて基礎はfactual informationばかりだし、ひたすら知識を詰め込むしかないんだな。ま、そんな地味なことしてたんだけど、なぜかこの先生の話は何度聞いても飽きなかった。この先生の話し方の特徴まで今でも覚えている。“、、、、、、、、、、、(文章)、、、、、、、、、、ニャ、”って最後に“ニャ?”って付ける。このイントネーションの感じから言うと”、、、、、、ね、、分かった?”って感じなんだけど。そんなステキな先生だった。この先生が後々、私のdissertation chair(博士論文の主査)になるとはその時は思いもしなかったな。
そんなわけでこのbiological psychologyのクラスは頑張った分ちゃんと成績に返ってきた。ここではじめてneuropsychology(神経心理)に進むのも悪くないかも!とちょっと思った(あくまでも“ちょっと!!”)のだった。で、なにしろ大学の時のphysiological psychologyでは羊の脳の解剖は楽しくても成績は目も当てられない感じだったので、まさかこっちの分野に来るとは、、、さらにneuropsychologyを専門にすると余分な専門過程とその後の特別なトレーニングのrequirementがあったので、この時はまだまだ躊躇していた。neuropsychologyのトラック(専門課程)に入るには3年生にならないと無理だったのでとりあえず保留。その前にやることがまだまだあるから。これが私の崖っぷちとほほ大学院生活のはじまり、、、、、、