時代区分(じだいくぶん)の基本的学習(きほんてきがくしゅう)。
一般的(いっぱんてき)に時代区分と言われる時代区分。
人間の歴史(れきし)は連続(れんぞく)しているからむずかしいが、日本(にほん)の歴史を考えるとき、政治(せいじ)がどこでおこなわれていたかで考える。
ちなみに、学者(がくしゃ)はかってに考える。
学者に異論(いろん)がないのは、一般的に、奈良(なら)で政治がおこなわれていたときを奈良時代(ならじだい)、京都(きょうと)で政治がおこなわれていたときを平安時代(へいあんじだい)、鎌倉(かまくら)で政治がおこなわれていたときを鎌倉時代(かまくらじだい)と言う。
その他は異論が多い。
これからの話は、平安時代でもはじめのころの話である。
日本は今まで、天皇(てんのう)という王(おう)のいる王国(おうこく)であるが、天皇が政治をおこなっていたのは、ごく短い時間である。
考えることはない。
日本の現在の天皇が典型(てんけい)である。
話を平安時代でもはじめのころの話にもどす。
一般的に平安時代は、桓武天(かんむてんのう)がひらいたと言うが、実際(じっさい)は、奈良時代に続いて、四家(しけ)がひらいた。
平安時代の四家は、平安時代時代が藤原時代(ふじわらじだい)とも言われるように、平安時代の中心勢力(ちゅうしんせいりょく)となる藤原氏(ふじわらうじ)の4つの家系(かけい)である。
① 藤原武智麻呂(ふじわらのむちまろ)を祖(そ)とする南家(なんけ)。
② 藤原房前(ふじわらのふささき)を祖とする北家(ほっけ)。
③ 藤原宇合(ふじわらのうまかい)を祖とする式家(しきけ)。
④ 藤原麻呂(ふじわらのまろ)を祖とする京家(きょうけ)。
北家が四家の主流(しゅりゅう)になり、北家主流(ほっけしゅりゅう)と言われるようになる。
平安時代の四家に対して、奈良時代の四家は源平藤橘(げんぺいとうきつ)である。
① 源平藤橘の源は、源氏(みなもとうじ)。
② 源平藤橘の平は、平氏(たいらうじ)。
③ 源平藤橘の藤は、藤原氏(ふじわらうじ)。
④ 源平藤橘の橘は、橘氏(たちばなうじ)。
奈良時代の四家は、臣籍降下した人や古くから有名な貴族(きぞく)である。
臣籍降下(しんせきこうか)は、皇族(こうぞく)から貴族になることである。