日本の政府・官庁が設置する「○○委員会」「○○会議」は、政府・官庁が計画を実行するための、国民をだます、装置である。
「○○委員会」「○○会議」の委員の学識者・経験者・専門家は御用達で、政府・官庁の考えにそった提言をする。
政府・官庁は、学識者・経験者・専門家の中から、そういう人物以外任命しない。
委員には、政府・官庁に任命されたという自慢とお車代欲しさがある。
国民は委員が責任を持って提言すると思っているが、責任はまったく問われない。
まったくの無責任である。
すなわち、政府・官庁の計画が失敗しても、「○○委員会」「○○会議」の委員の提言と異なる計画が実行されたのだから責任はないし、委員にどうしてそうなったか聞いても、わからない。
しかも、官僚は無謬だから、失敗した官僚も責任を問われない。
大きなプロジェクトでは、官僚が業者と癒着して手柄を競うから、縦割り行政が命令系統を複雑にし、責任の所在を曖昧にする。
無能無謬無責任、最悪である。
それがオリンピック・豊洲移転で吹き出した。
*そうち。*ごようたし/ごようたつ。*ていげん。*むびゅう。*たてわり。*あいまい。*とよす。