私は発病当初、不眠(入眠困難と早朝覚醒)が続いていたため、身体的にふらふらでした。
そして受験勉強のほかにも学んでみたいことがあり、勉強を続けていたので、頭の中も休まることがありませんでした。
人間関係でも、家庭内はぎすぎすしていて、ほっとすることはできませんでした。
学校では勉強ができたせいもあるのか、陰口を言われたり、面と向かって嫌なことを言われたり、持ち物をいたずらされたりと、ストレスに感じる部分もありました。
全体的にすべてが疲弊して、なかなかうまく物事が進まなくなってきていました。
そんなときの発病です。
私自身の中から、私自身を守るために、外部に染み出てきたSOSが「病気」だったのだと思います。
もし私に病気の症状がなく、あのまま頑張り続けていたとしたら、いずれは体や心が張り裂けて、自分が壊れてしまったと思います。
「病気」の中の病んでいる部分はマックスの時でも99%、1%は正常な部分が保たれていました。
つまり、1%の正常がある限り、人は回復するのです。
周りのサポートする人間が、正常な部分を見つけて増やしてあげたり、異常な部分を否定し縮小させてあげれば、病気の症状がどんどん小さくなっていくと思います。
病気が生じると、必然的に周囲のサポートが必要になる。
そこが孤独からの解消につながるのでは?という感じもする。
私が発病前に感じていたものすごい孤独感も、病気というカテゴリーでくくられた仲間に巡り合うチャンスで解消されていった気がしている。
病気とは、その人自身を守るために、内なる部分から発症してくる面もあると、私は考察した。