日本百名城(2020年11月下旬)(スカイウェイブ400)
【鉢形城】日本百名城No.18
文明8年(1476)上杉氏家臣の長尾景春が築城したとされる平山城。
小田原、後北条氏時代に上野国(こうずけのくに、現在の群馬)支配の拠点であった他、甲斐・信濃からの侵攻を食い止めるのに重要な役割を担っていた。
荒川と深沢川に挟まれた断崖上に築かれ、連郭式構造の難航不落な要害であった。
歴史上、武田、上杉、前田氏などの攻撃にも耐え、豊臣秀吉の小田原征伐の際にも、数万の兵に囲まれながらも籠城し続け、前の記事で紹介した忍城と同様、「落城」 ではなく 「開城」 している。
そのことも手伝ってか、関東の城跡としては残存状況が良好で、文献資料も豊富に残っていた。
昭和7年(1932)国史跡指定。

城の見取り図 2つの川と断崖絶壁を利用して造られた要害である
二輪Pなし 四輪用に停める
スタンプは資料館にある
玄関前でスタンプを押した 資料館に入らなくても押すことができる
説明板
とても敷地の白い城跡 歩くだけでも相当な距離になる
どの城跡も、この土塁がいかにも人工的で雰囲気が出ている
川のない土手のようである
深沢川まで降りてみた 確かにここから攻め上がるのは大変そうだ
くねくねに曲がった通路 城跡らしい
各曲輪の様子が分かりやすく整備されている
三の曲輪付近
石垣が残っている
城跡で最も高台にある三の曲輪
天然の要害に築かれたこの城跡はとにかく広く、高低差もあり、平城とはとても思えなかった。
歩いていても平たんな場所は少なく、いつも足元に勾配が付いているような気がした。
死角が少なく、攻める側からすれば、大軍をもってしても攻めきれず、心が折れそうになるのではないかと感じた。さすが、豊臣の大軍にも耐えた不落の城である。
【スカイウェイブ400の記事、最終回】
2013年より続けてきたスカイウェイブ400(2020年12月に手放している)の記事は今回が最終回となる。
これまで読んで下さった方々には感謝申し上げたい。
今後は現在所有しているSV650ABSとアドレス125の2本立てで本ブログを継続する。
興味のある方は引き続きお付き合い願いたい。
おわり












