おはようございます。きてぃです。
1995年1月17日、午前5時46分。
阪神大震災が発生しました。
当時私は高校生でした。
私の住んでいた東京での被害はなかったのですが、テレビで写し出される映像に愕然としたのを覚えています。
『これは現実の出来事なのか・・・』
目を覆いたくなるような光景でした。
時間の経過と共に増える被害者の数・・・
何もできないことにもどかしさを感じていました。
通っていた高校で募金をしました。
でも当時アルバイトもほとんどしていなかったので、募金できる額はほんの少し。
『あぁなにもできないのか・・・』
そんな学校からの帰り道、
とある駅前で、
『被災地で血液が不足しています。献血にご協力をお願いします』
と必死に呼び掛けていました。
『お金がないから募金は出来ないけれど、これ(献血)が役に立つのなら・・・』
と私は献血をしました。
きっとこの血液で救える命があると信じて・・・
・・・あの日から20年が経ちました。
あの日、大切な、大切な、尊い命がたくさん失われました。
しかし、奇跡的に助けられた命もあります。
今の私の職場には、あの日倒壊した家の中から助け出されたおばあちゃんが、100歳を越えて元気に過ごしています。
きっとこのおばあちゃんの大切な人も失ったかもしれません。
でもこのおばあちゃんは、この辛い過去を乗り越えて、毎日を明るく精一杯生きています。
私が今できることは、
『今ある命を精一杯生きること』
あの日、生きたくても、生きることの出来なかったたくさんの尊い命のご冥福を祈ると共に、防災について考える1日にしたいと思います。

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阪神大震災が発生しました。
当時私は高校生でした。
私の住んでいた東京での被害はなかったのですが、テレビで写し出される映像に愕然としたのを覚えています。
『これは現実の出来事なのか・・・』
目を覆いたくなるような光景でした。
時間の経過と共に増える被害者の数・・・
何もできないことにもどかしさを感じていました。
通っていた高校で募金をしました。
でも当時アルバイトもほとんどしていなかったので、募金できる額はほんの少し。
『あぁなにもできないのか・・・』
そんな学校からの帰り道、
とある駅前で、
『被災地で血液が不足しています。献血にご協力をお願いします』
と必死に呼び掛けていました。
『お金がないから募金は出来ないけれど、これ(献血)が役に立つのなら・・・』
と私は献血をしました。
きっとこの血液で救える命があると信じて・・・
・・・あの日から20年が経ちました。
あの日、大切な、大切な、尊い命がたくさん失われました。
しかし、奇跡的に助けられた命もあります。
今の私の職場には、あの日倒壊した家の中から助け出されたおばあちゃんが、100歳を越えて元気に過ごしています。
きっとこのおばあちゃんの大切な人も失ったかもしれません。
でもこのおばあちゃんは、この辛い過去を乗り越えて、毎日を明るく精一杯生きています。
私が今できることは、
『今ある命を精一杯生きること』
あの日、生きたくても、生きることの出来なかったたくさんの尊い命のご冥福を祈ると共に、防災について考える1日にしたいと思います。

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