今日は聖日礼拝でした。

 

今日は青森から毎月1度、伝道師御夫妻が来る日でした。

私はいつもこの伝道師御夫妻が来るのを楽しみにしています。

 

ですが、この伝道師御夫妻は今日でお休みすると言いました。

理由として、青森から中距離の道を車で来てくださっていますが、冬道は危険だということ。

また、現在ご主人76歳、奥様は75歳です。

体調のこともあり県外までの車の運転に不安がでてきたということでした。

 

私としても、いつかは会えなくなるだろう、とは思っていましたが突然の話でした。

正直ショックと悲しみでいっぱいです。

 

そして今日の説教はマタイの福音書16章24節

    それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」でした。

 

 人はとかく「やられたらやり返す」と思いがち。だが、自分にとって理不尽なことだとしても相手を赦し相手の救いと祝福を祈る。

まあ一言で言ってそんな説教でした。

 

私は「やられたらやり返す」ということはほとんどしなかった人生です。

その時は「許せない」 「絶望だ」 「幻滅だ」  「裏切られた」と思っても、今振り返ってみると許せない相手はいません。

今は例えば勤務先の施設長の理不尽さに傷つくとこは多々ありますが、それでも救い、最善、祝福を祈っています。

 

ですが、やはり施設長に限らず生活をしていれば傷つくことは多いです。ですが「やられたらやり返す」ことはしません。

 

 

って話が反れましたが、来年からは青森の伝道師御夫妻が来ない、会えないということについてとたも悲しいのです。

私はいつもメッセージとこの方から生きる力、希望、励ましを頂いていました。

これからひとつの希望が無くなる。

 

帰る時、伝道師御夫妻からクリスチャンとしてのメッセージと連絡先を渡されました。

「いつでもメール待ってるよ」と言ってくださいました、感謝です。

 

私はまた会えることを信じ祈ります。

私が青森に行くことだってできるのだし。

 

 

しばらく、長い別れになるのでしょうが、同じ神の家族として伝道師御夫妻のこれからの祝福、信仰が守られるよう、健康が守られるよう、祈りますキラキラキラキラ