今春、第2子となる長女が、小学校へ入学しました。


第1子・長男が6年生、第3子・次男が幼稚園満3歳児クラスから、年少となりました。


実は、うちの長男と長女、小学校が別なんです。


長男の通う市立S小学校、長女の通う市立O小学校。


長男が4年生の時に、引越しをしたのですが、市の規定で3年間通った学校へ通学可能となっていたため、学区外通学をしていました。



そして、5歳離れた妹が、入学する際に市に問い合わせたところ、兄弟での学区外通学は、上の子の卒業までときまっているとのこと。


我が家で言うと、同じ学校に通えるのは「兄・6年 妹・1年」の1年間のみ。


来年4月には、転校を余儀なくされてしまうわけです。


それでは長女がかわいそうなので、1年間だしってこともあり、別々の市立小学校へ通うことになりました。


メリットとすれば、学区内通学なので学校が近いということ。

女の子ということもあって、その面では安心できることだと思います。



でも、デメリットが・・・!


まず、PTAの会員費が世帯ごとに支払わなくてはならないので、4800円を二人分。


これは、覚悟の上でした。


そして、入学してからわかったこととして・・・

長男の授業参観・懇談会と長女の授業参観・懇談会が同じ日、同じ時間だということ!!!


私は、24年度のPTAの役員をしていて、学年委員会の副委員長でした。


1学期の授業参観と懇談会って、顔合わせも兼ねて参加する方も多いですよね。

子供や先生の様子も見たいし・・・。


しかも、1年生になって始めての授業参観となれば、見に行ってあげたいというのが親心。


しかも、懇談会では、PTAの役員決めがあるので、参加できるならしたいところです。


さあ、どうしましょう???


役員として、長男の小学校へ行くか?

新1年生の母として、長女の小学校へ行くか?



悩んで悩んで悩んだ結果・・・


役員として、長男の小学校へ行くことにしました。

新役員の選出という仕事があるのです。

1クラスに2名しかいないので、私が欠席すると、もう一人の人がたった一人で説明などをこなさなくてはならなくなるのです。


副委員長としても責任があるし、最後の役員の仕事を放り出すのも、やっぱり我慢できないし。


もう一人の方にも申し訳なさ過ぎるので、こういう結論に達しました。


長女にはかわいそうだけど、その日は学校を欠席してもらって、病院で仕事を休んでいるパパと遊んで待っていてもらうことに致しました。


それにしても、同じ市内の市立小学校なのに、低学年の授業参観・懇談会と高学年の授業参観・懇談会がかぶるなんて・・・!

新年度早々出鼻をくじかれた気分でいっぱいです。


なんか、これからもたった1年間だけど、その間にかぶることがたくさん出てきそう・・・


運動会とか、遠足・修学旅行の説明会とか・・・。



あ~心配・・・



8月15日、宮古の海を見てまわりました。

がれきが残っているところもたくさんありました。




我が家の日記 まだまだがれきが残っていて痛々しいです。

我が家の日記 水の力を見た気がしました。

我が家の日記 防波堤が、壊されてしまっています。

我が家の日記 すごくきれいな海なのに。

我が家の日記 ここも防波堤が壊れてしまっています。

我が家の日記 大好きな宮古の海。 早く元に戻るといいな。

大津波に対する恐怖心も拭えぬまま、8月13日から16日まで、主人の実家・岩手県宮古市へ。


東北道を一切使わないルートで出発しました。

国道4号を下り、仙台から三陸道を使い、海側に出て45号を北上してのコースでした。


最初に被災地として目に入ったのは、南三陸町でした。

防災対策庁舎で最期まで避難を呼びかけ続け「天使の声」と言われた遠藤未希さんという方がいた場所です。


テレビで何度も見ていましたが、実際に現地に行くとこんなにもひどかったのかと、1年5か月が過ぎていても涙が出るほどでした。



正直、東日本大震災があったことすら、夢であったのではないかと思うほど、自分たちの暮らしている町では、日に日に何事もなかったような生活をしていました。


テレビなどでもあまり放送されなくなったこともあり、私の中で風化していたんだと思います。



けれど、実際に行ってみると、建物の骨組みが錆びたまま残っていたり、住宅の基礎部分だけがそこに「家」があったことを物語っていたりと、復興には程遠い景色ばかりでした。


それでも、東北の皆さんは、本当に頑張っているんだなって。

すごくパワーがあるのが伝わってきました。


行く先々で「がんばろう!○○」、「まけねえぞ!○○」って字がたくさん書かれてあったけれど、みなさん笑顔がすばらしかったです。

これが「東北魂」ってやつなんだなって思いました。



みなさん、自分の住んでいる町を愛しているんですよね。


私は、自分の住んでいるこの街を愛しているんだろうか・・・。

生まれ育ったあの町が、今回のような被害に遭っても、ここまで悲しむことができるのだろうか・・・。

改めて考えさせられました。



もう2度とこんなひどい目に遭ってほしくない。

東北だけじゃなく、日本も、世界も。




地震や津波の恐怖はあったけれど、行ってよかったと心から思っています。

次回帰省予定は、来年のゴールデンウィーク。

それまでにできるだけ貯金して、おいしいものたくさん食べてこようと思っています。




東北地方のいち早い復興と、宮古市の復興を心から願っております。



こんな私でも、復興のために何かできること、あるのかな・・・。