ブログネタ:復興支援という言葉は容易に使わないほうがいい?
参加中
ブログネタ:復興支援という言葉は容易に使わないほうがいい?
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ブログネタ:鉄棒、マット、跳び箱、どれが1番苦手?
参加中私はマット 派!
でも
マットはどうもねー
身体が固いから苦手です
そしてマットの汗臭いような
かび臭いようなあの匂いがどうもねー
マットの上で大の字で
そんなこんなも
もう昔の思い出
今はどれもきついかな?
マットでやるプロレスは見るのが好き
もう、自分で身体動かすのは
最近ダメですねー
見ているだけならいいんだけど
自分がやるのは
もうどれも気おくれする
こんな自分を
マットでフォーマットしてみたい
なんちゃって
言うのは簡単
やるのは苦手のわたしです
ブログネタ:タバコ、700円どう思う?
参加中
これではJTもたいへんですね
税収は上がるのかな?
タバコやめるきっかけになれば
それもいい
と
思うのですが
タバコやめられない人は
地獄のような値段
どうするんでしょう?
値上がり前に買いだめする人も
まだまだいっぱいいると思います
タバコは嗜好品だから
好きな人は
理屈抜きでやめないでしょうねー
マイルドセブンが200円ぐらいの頃
カナダでマルボロが日本円に換算して650円ぐらいだったかな
免税店で買うといくらだったかな?
免税ならマルボロは100円もしなかったかもしれない。
どれだけ税金なのかそこで判る。
今の日本はやっと
カナダで650円ぐらいで市販されているレベルになるわけで
いつか日本もそんな時代が来ると予想していただけに
世界の常識のレベルにやっとなるんだと
私は思います。
9月9日
岩手県陸前高田市に災害支援ボランティアに行かせてもらいました。
前回、8月4日の場所とはちがう場所で初めの作業。
今回は道路の脇と、その道路の下にある側溝の泥かきをやらせてもらいました。
現場は海から離れた場所で、津波はそこよりまだ数百メートル上まで到達したという
震災前は7万本の松の高田松原があって、海が見えなかったらしい。
今は海がしっかり見える。
7万本の松を津波が根こそぎ消してしまったから。
道路の下の側溝は一度泥かきをしてあり、今回はそこからまた溜まった泥やヘドロをさらう作業でした。
側溝の中に入っての作業。
側溝が狭いので気がつけばズボンは泥だらけ
側溝の中の脇から鉄筋が何本も出ている。
ケガをしないように注意しながらの泥カキ
気温30度以上で長袖だから
あっという間に汗だく。
全身泥のはねが飛び散りながらの作業。
見渡すと長い鉄筋が束になって輪になっていたり
コンクリートの破片も散乱している。
何でこんなところに?
と思っていたら
コンクリートの電柱の鉄筋とわかった。
近くに上がそのままで下が鉄筋だけになった
電柱が見えた。
全部バラバラに破壊され鉄筋だけの電柱。
津波の破壊力の凄まじさを感じました。
午前中に道路の下の側溝での作業を完了して
午後からは道路の脇の側溝の作業。
コンクリートの側溝のふたを一枚外すのが重労働。
これでまた汗だくになりました。
側溝の中はふたの部分までぎっしり泥が詰まっている。
でも、スコップで刺すと柔らかい。
その中身はほとんど砂。
311の震災の時のままの砂がそこにありました。
高田の松原の前に広がる砂浜の砂がここまで
津波が海水だけでなく、海の砂まで
まるで土石流のような津波が押し寄せてきていると推測できる。
こんな凄まじい津波に呑まれたら
ひとたまりもないような気がする。
改めて津波の恐ろしさを知らされました。
山の土石流はもちろん恐ろしいけど
津波も同様にやはり恐ろしい。
明日は911。
震災から6か月の日。
アメリカの同時多発テロの日と重なる。
被災地の写真は撮っていません。
帰りに川の駅よこたで
陸前高田のサイダーを買いました。
復興のために
被災地の生産品を買うことも
ほんのわずかだけど支援になると思い
2本買いました。
マスカットサイダー
美味しかったです。
ブログネタ:好きな方言
参加中
同じ日本で、同じ日本語なのに
さっぱりわからない。
そんな体験をしたことありませんか?
岩手に来て最初は全く不自由しませんでした。
みんな標準語で話してくれるから
ちゃんと理解できた。
静岡に居た時も
伊豆の漁師さんや御殿場の山の言葉など
同じ静岡でも方言はちがっている。
でも、何回も聞いていれば理解できるようになるもので
言葉で何処の出身かだいたい理解できた。
そんな私も東北に来て
秋田の漁師さんに声をかけられたのだが
さっぱり言葉がわからない。
漁師さんは方言そのまま
よーく聞けば
なんとなくわかってくる。
静岡の言葉とちがうし、
抑揚がまったくちがう。
ことばに○○さとか
「さ」がついていたりして
言葉を文字にすればすぐにわかるのに
聞いた言葉はまったく聞きとれない。
これも何度か聴いていくうちに
だんだんわかるようになってきた。
そしてわかると
その言葉の優しさやあたたかさが伝わってくる。
英語も有名な日本人が英語でスピーチしたら
あるアメリカ人は
「日本語は英語に似てるね!」
と言ったらしい。
まさに、方言は同じ日本語なのに
聞きなれていないと
外国語のように理解できないものかもしれない。
そんな岩手の方言で
私が好きな方言は
「どんとはれー」
柳田国男の遠野物語は有名ですが
これを遠野の言葉で話して聞かせる
民話の語り部がいる。
語り部の話は
その内容も面白いし、とてもほんわか癒される。
そして、この民話の語り部は最後に
「どんとはれー!」
と言って終わる。
「どんとはれー」は
めでたしめでたし、これで全部良しというような
大団円の言葉。
民話の内容はいろいろだけど、
どれも最後に
「どんとはれー!」
これですべてが丸く収まってしまう。
どんな苦労をしても
最後は笑って
「どんとはれー!」
と終われば、その苦労も報われる。
どんな悲劇も
もうそこで悲劇は終わって
新しい出発への期待になる。
どれだけ厳しい現実も受け入れて
笑って前へ進もうという
東北人の粘り強さにもなっているような気がする。
そうでも思わなければ
この極寒の地で厳しい生活に耐え抜くことはできない。
今まで多くの飢餓や自然災害にも耐え抜いてきたのは
「どんとはれー!」で
どんな困難も、そのすべてを希望に変えてしまうことができるから。
ではないだろか?
方言のなかに
あたたかさと
優しさ
それを支える強さを感じることができる。
と
私は思います。



