『ネタりか』というサイトで、

“萌え”のルーツは「源氏物語」にあり!?

という、阿呆な記事
http://netallica.yahoo.co.jp/news/275551
を読んだ。


小柴垣の外から紫の上の姿を垣間見たとき、確かに源氏は萌えたのであろうが、これをもって「萌えの起源」などと軽々しく論じ立てるのは、滑稽と言うほかない。

だいたい、「生ひさき見え」たる幼子を、実際に引き取って育て上げて自分の妻にしたのだから、こんなのはただのリア充である。


「萌え」は、すでに、奈良時代の文献に確認することができる。

『万葉集』巻第9・1738に

 周淮の珠名は 胸別のひろき吾妹
 腰細の すがる娘子の(以下略)

とあり、これは周淮の珠名という伝説の美女につい高橋虫麻呂が詠んだ歌で、

 “この娘は巨乳で、しかも蜂のように腰が細くくびれている云々”

というのであるが、乳房がデカいってチミはどこでそれを見たのかね?!っていうね、もうね、重妄想ズッキューンなのですよ、これは。

尤も、実際に珠名を見たというのならそれまでなのであるが、このすぐ後に記載されている浦島の子の歌(1740)や、“あの橋を渡っている女子は、結婚してるのか?それとも独りで寝るのか?!”(1742)、また、当時すでに墓のあった伝説の美少女「真間娘子」について「麻衣に青衿つけ直さ麻を 裳には織り着て 髪だにも 掻きは梳らず・・・」(1807)などと詠んでいるところをみてみると、この虫麻呂という人物が相当の妄想人であったことは間違いなく、しばしば妄想世界にトリップのうえ、萌えマグナムならぬ妄想和歌をガンガン発射していたということは、容易に察しがつくのである。



さて、話を源氏物語に戻すが、そもそも源氏物語の萌えを語るのであれば、若紫の物語りよりも、むしろ「男の娘萌え」だろうが!と、声を大にして主張したい。

帚木の巻に、

 白き御衣どもの、なよゝかなるに、

 直衣ばかりを、しどけなく着なし給ひて、

 紐などもうち捨てゝ、そひ臥し給へる御火影、

 いとめでたく、女にて、見たてまつらまほし。

という一文がある。

 “衣の紐もうち捨て、しどけない着こなしで

 横になっている源氏の姿が、仄かな灯りに

 照らし出されている…この源氏の形貌を、

 女の姿にして見たいものだ”

といった意味である。

これは、日本史上、「男の娘萌え」、あるいは「女体化」の初見であろう。



さらに古いところでは、『古事記』に、クマソタケル兄弟が、女装したヤマトタケルノミコトを酒宴の席に侍らせた話が載せられている。
しかしこれは、ヤマトタケルノミコトのことを本物の嬢子と勘違いしていたのであるから、男の娘萌えとは言い難い。


モモーイは、萌えを

 男の子と女の子の想いが重なりあうところ

と言った。
(「モモブロ」2011-06-19の記事より)
http://ameblo.jp/momoi-ktkr/entry-10928557234.html


また、

 この世界にはいくつもの正義があるように、

 「萌え」にもいろんな答えがあるのだろう

とも言っている。
(twitter モモーイのつぶやきより)
https://twitter.com/#!/momoiktkr/statuses/114387963034599424


それにしても、件の『ネタりか』の記事にある


 「守ってあげたいという気持ちこそ『萌え』」


とは、なんと軽薄な…


年収何十億の女社長のパリッとしたスーツ姿、そのボディラインに萌えることだってある。

空手家兼酒豪であるゴトゥーザ様の声に萌える人も居る。



「燃え」と「萌え」を混同するんぢゃねーよ!!!!!



燃えあがるようなズキューーンとした感情、その「燃え」の誤変換されたものが「萌え」なのであって、古来存在したズキューーンな感覚のみでそれに電脳的・妄想的・二次元的な価値が見出せないものは、ただの「燃え」である。


この内藤誼人という人物や、「ネタりか」の記者ペンダコ氏は、いったい、萌えの何を分かっているつもりなのだろうか?

源氏物語の何を知っているつもりというのだろうか??


片腹イタい限りである。