2023年11月から不登校が始まった高1娘。
2024年2月から完全不登校になりました。
2024年4月から1年間の休学を決めました。
 

 

 

不登校が始まったときを振り返ると

娘は初めに休みだしたときから

すでに手遅れだったんじゃないかと思います。

 

 

最初は腹痛。

2日続けてお休みし病院にも行ったけど

病気はなく、すぐに担任からこのまま学校に来れないと…

と連絡あり、「やっぱり不登校の始まりなの?」と思いました。

 

 

11月に始まったので冬休み中の補講は全部休み、

年明けも休み、早退と欠席が頻繁になりました。

 

 

保健室も一度行くと慣れたのか

頻繁に行くようになり、

心療内科に行った翌日から完全不登校に。

 

 

その間、私の対応は

休むというなら休ませた。

最初は休みたいなら休ませればいい方向に向かうと思ってたから。

 

 

早退も、まずは帰宅させていいかと学校から電話があるので、

毎回OKをだしていた。

 

でも、宿題が間に合わないのが一つの原因と思ってたので

一緒にやったり、時間割した?と聞いてたのは

間違った対応だったみたい。

 

これ、過干渉ってやつ?

で、過干渉についてよくよく考えるも

小さい時から割となんでも自分でさせてました。

 

服は自分で着替えられる1歳代から自分で選ばせてたし、

靴を履くのも歩くようになったら自分でさせてたし、

泥遊びも水遊びも

服が汚れようがお構いなしにさせてました。

包丁も持ちたがる時にはちゃんと教えて幼稚園くらいで

使えてたし。

補助輪なしの自転車の練習は厳しくしたかなー。

 

小学校に入ったら1年生の4月は一緒に時間割確認したけど、

すぐにひとりでするようになってました。

過干渉はあんまりなかったと思うんだけどなー。

 

 

朝起こすのは上の子も含め全員してたから

これは間違ってたね。

遅刻してもその失敗の経験をさせなきゃいけなかった。

 

スキンシップは赤ちゃんの時は四六時中ずーっと抱っこしてたから

これは足りてたと思うんだよね。

 

だけど、おしゃべりな長女の話を聞いてることが多かったから

真ん中っ子と三女はあんまりしゃべらなかったかも。

そして、あんまり聞いてあげてなかったかも。

三女と二人っきりの時はもちろんスマホ見ながらとかは

一度もしたことない。

ちゃんと向き合ってたと思う。

 

小さい時は一緒にパンやホットケーキも作ってたし。

 

 

こんな感じで育てたので、

過干渉と愛情不足は度が過ぎるほどではないと思うので

これが原因か?といわれたらちょっと違うのかな

とも思ったり。

 

 

つづく。