3月11日  東北大地震・津波・犠牲者の鎮魂の日  そして私の誕生日・ガン病棟に転院す


  還暦を越えてめでたき誕生日これより後は御魂鎮めん


娘のエスコートでがん専門の病院に転院する。

駐車場は今日も満杯、ロビーにあふれるがん患者らしき人、ひと、人

筑波山を遠く望む個室はとても落ち着きます。

娘の世話になりながらお昼までに部屋を整え終わりました。

備え付けのパソコンでもたもたブログをなれないローマ字入力で書きますか。

 そうだ 小学校からの友達で人生の師匠であるYさんにはすぐ近くなので

お知らせをしなくちゃ・・・ 余計な心配かけるかなと思いつつ・・・

早速駆けつけてくれて積もる話を・・・ありがとうございました。 


午後7時、女房をまじえて、これからの治療方針の説明・・・

早期発見ではないこと、今できるかぎりのことをやること、

本人が元気なことは治療しやすいことなど、覚悟して聞く。


母ちゃん暗い帰り道ガッカリしないでどうぞ安全に帰ってくださいね!


 前日の3月10日は東京大空襲の日だったんですね 

 兵士でもない庶民を焼き払った日です。  原発と似ているような


 福島原発事故で、菅首相の「原発を離れるな!事故対応しろ!」という命令は

 民間人に対して有効なのかという話を思い出しました。

 日本人は怒りに淡白なのと個人で責任感じすぎなのでは・・・?


 もうひとつ


  文芸春秋にのっていた名言からです。手元に無いのでうろおぼえですが、

  戦争末期に「片道の燃料で敵に体当たりしろ」という上官の特攻命令に対して

  「命令するあなたがたは安全なところにいて、自分は行かないような作戦に

  部下を行かせるわけにはいかない」と断固拒否して若い命をまもった軍人

  がいたことを今頃になってはじめて知りました。

  すごい勇気と信念ですよね。

  これから勉強してもっと知りたい人物です。