今ほど充実した環境ではなかったにしても、それでも ひなちが小学校3年生の頃には


7本の柱


を立てて、ひなちの子育てがとても楽になってたんです。



◻️ わたしの母親



これは、も。ホントに必要不可欠でした。

おかぁさんが、いなければ 今のわたしもひなちもなかったと思います。



◻️ クラス担任



◻️ 支援学級の先生



◻️ 小児精神科 主治医の先生



大学の先生2人(女性)が主治医の先生でした。

小児心理学を研究されてて、睡眠計測されたり。

わたしのひなちへの対応を客観的に指導してくださったりしてくれてました。



◻️ 小児精神科 学習カウンセラー



受診する時、いつもそばにおられてわたしと先生だけでおはなしする時は、ひなちと別室でひなちの相手してくれてたりしてました。


1回目のWISKは、この先生で受けました。




◻️ 子どもリハビリセンター



2回目のWISK受けた時にお世話になったとこです。

めちゃくちゃ丁寧に適性検査してくれて間休憩時間入れるほど 丁寧に WISK してくださいました。

ここで、ひなちの


視点移動


の症状が増えました。丁寧に診断してくれたからこその結果だと その時もしっかり(落ち込みはしましたけど)受け止めました。



◻️ 数少ないわたしの友だち


ひなちをとてもかわいがってくれて、年齢にはそぐわない とてもとても拙いひらがなで必死に書いた手紙を今でも持ってくれていて…

感謝しかないです。






今ほどの充実した環境のない状態でひなちが改善できたのと、肩の荷が半分になって楽になっていたのは、

子どもリハビリセンターまでのところはしっかり連携を取っていたことが大きかったと思います。WISKをすれば、



こゆ結果になりました。



書類もしっかり持って行って 改善に向けてしっかり支援学級とクラス担任が話し合ってくれて対応取ってくれるようになったことが大きいと思います。



ひなちの時には、何回も言ってますが



療育


という言葉すらなかったので、いま。色んな方々のブログなりインスタなり拝見して知りました。

なので、まだ勉強中です。


それに、わたしは主治医の先生から専門用語を使って説明を受けたこともなかったんですね。


常に噛み砕いて、中身の説明を丁寧にしていただいていたので こゆブログ立ててお恥ずかしいはなしですが


専門用語をほとんど知りませんでした。(˶‾᷄ ⁻̫ ‾᷅˵)