皆様ご無沙汰しております、KITSUIです。

今年もこの発展性のない愚痴ブログに温かい目と広いお心でお付き合い頂けますとKITSUI泣いて喜びます。

2026年も何卒よろしくお願い申し上げます。


最後のブログ163日目で既に体調不良で瀕死状態だったあたしですが、その後ブログも書けない程に大崩れを起こしておりました。

水分だけは何とか摂取していたものの食事がまったく喉を通らない日を重ね、乱高下していた高熱はとうとう常時40℃となっていき、息苦しくて眠れない日々。

そうこうしている内に家事も育児もままならないどころか起き上がることも出来なくなってしまいました。

子ども達は何とか学校に通い、帰宅後には協力して愛犬の散歩をしてくれたり、近所のコンビニへ飲み物を買いに出掛けてくれたりしました。

不安そうに『大丈夫?』と代わる代わるあたしの様子を見に自室にやって来る子ども達に、あたしは『大丈夫。』と答えてはいたものの全然大丈夫ではなかったですね。

思考もいつにも増して鈍り、薄っすらと「あたし死ぬかも知れない。でもそれもいいかな。楽になりたい。」なんて無責任なことを思うようになっていました。

完全なる自暴自棄。

このすぐ「死ぬのもアリだな」と思う傾向、本当よくない。

子ども3人も産んでおいて何言ってんだバカKITSUI。

しっかりしろ。

そんな時に実家の母から着信がありました。

普段はLINEの文字連絡な母から珍しく電話が掛かって来たのです。

この前夜、あたしは母にLINEをしようとしていました。

時刻は深夜2時半でした。

送信する前にやめたので実際には母には届いていないのですが「体調悪い。助けて欲しい。」と。

その母からの着信にあたしは涙腺が緩むのを感じました。

母とは何と神秘的な生き物なのだろうか、と。

あたしも子ども達にとってそういう存在でありたい。

『蜜柑いる?いるなら届けるよ。』

という母の声を聞いた瞬間に涙腺崩壊。

『お母さん、あたし息が苦しくて死にそう。熱も10日間続いてる。病院に行かないといけないのは分かってるんだけど車の運転が出来ないどころかまともに歩くことも出来ない。助けて。』

と泣きながら電話で伝えました。

そこからの母は凄まじかった。

『分かった。待ってて。』

と言うと電話を切り、勤め先である病院の救急外来に連絡を入れ、父と2人であたしを迎えに来てくれました。

母の勤め先はこの地域では救急車の搬送先となっている割と大きな病院でして、救急車で運ばれない限りは受け入れてもらえない病院だと思ってました。

あたしがすぐに受け入れてもらえたのは間違いなく母のお陰でしょう。

そして病院に担ぎ込まれたあたしには「肺炎」の診断が下りました。

父と母に、

『どうしてすぐ連絡しないの。こんなに酷くなるまで我慢したらダメだよ。』

と叱られ、あたしは子ども達の目がないのをいいことに子どものように泣きました。

そこから命からがら子ども達を連れて実家に戻り、両親の手を借りて療養しながら年を越しまして本日やっとブログに復帰出来ましたああああああ。

まだ若干の咳と息苦しさはあるものの、元気です。


今回の肺炎の症状が、これまでのあたしの適応障害やストレスを感じた時に出ていた症状と酷似していたことが本当によくなかった。

熱が出る、息が苦しくなる、起き上がれなくなる、食欲がなくなる、過眠や不眠のような睡眠の異常…

こんなものはあたしのこれまでの結婚以降の生活の中に頻繁にあった体調不良でして、特別に対処が必要なものだと自分で認識出来ませんでした。

「いつもの、ね。」みたいな。

そうして対処が遅れた結果、40℃の高熱が数日続き、咳が止まらなくなって初めて「これいつものやつじゃないかも」と思った時には時既に遅し。

自分1人では病院に行くことも出来ない状態になっていたのです。

恐ろしやー。

皆様も気を付けて下さいませね。

こんなことになる阿呆はあたしだけか…。


さてさて。

「今どこにいるの?」と思ったそこのあなた。

はい、KITSUIの現在地は実家です。

病院に担ぎ込まれた2025年12月20日から現在に至るまでずっと実家で暮らしております。

勿論子ども達も愛犬も一緒です。

もうですね、子ども達のことどころか自分のことすら出来なくなってしまって緊急保護のようなカタチで実家へ移動した訳です。

怪我の功名?

実家最高。

元夫や元義父からは、

『いつ帰るの?』

と言われていますが「帰る」とは一体どういう意味なのだろうと首を傾げてしまいます。

離婚も済んでいる訳ですし、実家こそがあたしの家であり帰る場所であるはずです。

これまで元夫の建てた家に住み続けていたことの方が不自然なことなのですから。

このままのらりくらり実家に定住出来たらいいなと目論んでいるところです。

まあ…あの元夫と元義父相手のことなのでなかなかそう簡単にはいかないでしょうが、気を強く持って頑張りたいと思います。


今年のあたしもきっと立ち止まったり一時的に後退することもあるでしょう。

間違えることもきっと沢山ある。

最善を選択出来ずに例え遠回りになったとしても、それでも最終的に目的地に辿り着ければ良いかなと思います。

子どもの頃から現在に至るまで道草大好き人間。

そうして進んで行く中で万が一思い描いた当初の目的地に辿り着けなかったとしても、新たに辿り着いた先で「ここで良かったのかも」と思えれば万々歳かな。


まだまだこの空白の1ヶ月の間にあったことを吐き出したい気持ちは山々なのですが、ひとまず今日はここまで。

-感謝御礼-

KITSUI



お正月に食べたもののひとつ「ふぐ刺し」。

こちら我が家流お正月限定の贅沢品。

生もの苦手なあたしですが、ふぐは食べられる。

生臭くなくて美味しーい♡