日記 No.460 | 企画ブログ-kitplus.net

日記 No.460

■受験生レポート422日目

昨日23時の記録です。

Wii Fit使用-----

体重/バランス年齢

59.2kg/--歳(計測せず)

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+0.2kg。


■ゲームの存在意義

国立試験の少し前に、できたばかりの友達と少し話したことです。

浪人生としてほとんどゲームに触れなかった自分が、その生活の中で何度か考えたことでもあります。


ゲームをやると頭が悪くなる、もしくは、脳が壊れる、といういわゆる「ゲーム脳」という概念は全く支持しません。

ゲームが大好きで頭がいい友人も、性格がいい友人も知っています。

これに関しては後で触れますが、ゲームだけがそういう症状を起こすとは考えにくいです。


ゲームが脳に作用して破壊するという考えは上の通り支持しませんが、ゲームをすると確かに成績が落ちてきます。

その原因は「勉強時間の減少」だと思っています。

またゲームの強い中毒性で、「勉強中、思考が疎かになる」というのもあると思います。

勉強をしている途中、「どうやってあのジムリーダーを倒すか」を考えてしまったり。(当時小学生/ポケモン緑)

自分は高校のときシムシティ系のゲームにはまっていて、「どうやって区画を決めれば渋滞が起きないか」「いつカブを植えて、いつ牛を飼うか」「エレベーターはどこに配置するのがベストか」と授業中に考えてしまったことが多々ありました。

もちろん家に帰ってもゲームをするので、成績が上がるわけがない。

この点は確かに害となるところかもしれません。


ただ、少し思うことがあります。

これはゲームだけの問題なのか。


自分はそれが漫画だろうが、映画だろうが、勉強できる時間を削るものにはすべて当てはまると思います。

僕の中では、ゲームも漫画も映画もアニメも、そして小説に至るまで、全部同じだと思う。


以前、ファミ通で「龍が如く」の名越さんと、「メタルギア」の小島さんが対談していた記事がありました。

確か「映画みたいに色々出来るようになった。うれしいね。」みたいな発言があったと思います。

こういう発言を見て、自分はとても悲しくて。


まずゲームは映画ではないです。

映画には出来ないことが出来る。

でも近頃のゲームは、映像表現ばかり。

まだ産業としての歴史が浅いから、仕方ないのかもしれないけれど、ゲームをして「ああ、やってよかったな。」と思うことが少ない気がします。

深みがないから、映像ばかり強調しているんでしょうか。

いつまでも任天堂みたいにSDに固執する必要はないけれど、今のゲームを見る限り、HDにして多大な恩恵を受けたゲームはあまりない気がします。

映像を進化させるのはいいけれど、内容も同じように進化してほしい。


で、タイトルの「ゲームの存在意義」。

自分にはわかりません。

ゲームは大好きだし、娯楽として存在していていいと思う。

でも、やっても何の意味もない。

意味のないものにお金を掛けるのは無駄だ、という意見にも大きく頷ける。


任天堂がやっている"融和政策"はいい動きだと思います。

「ゲームなんてくだらない」という人にも浸透していける可能性を持っている。

ライトユーザー向け、とかいうけれど、自分は将来こっちが主流になるのではないかと思う。

プレイ時間がものすごく長いゲームが、この先生き残る道はかなり狭いと思います。

社会人にそんな暇はないのでは?


ゲームというシステムは、従来のゲーム以外のこともできると思います。

映像(動も静も)と音を同時に使えて、ユーザーが自ら動かす。

そして使う機器は、ゲーム専用。他のことはほとんどできない。

他のシステムにはない、ユニークなものだと思います。

色々と作っていってほしいと思います。


いつ答えが見つかるのかな…

大学に入ったらゲームばかりしているんだろうか。

大学生にならないとわからないですね。


それでは。