わたしはそれほど熱心なコミックファンではありませんが、弘兼憲史さんの作品だけは数十年来愛読しています。

 

40年以上前、20代の頃に『人間交差点』という作品に魅入られたのがその出発点でした。

この作品を初めて読んだ時に、他のどの漫画とも違うと感じました。

 

何よりも作画がとてもリアルで臨場感があるところに惹かれました。

登場人物の顔や表情が、その人柄、性格まで瞬時に伝わるように精妙に描かれています。

背景も実に丁寧に細密に描かれており、読み進むうちにごく自然にその物語世界に引き込まれてしまいます。

 

約10年ほど前から「『黄昏流星群』を愛読するようになってからも、その特徴印象はまったく変わらないどころか、ますます進化している感じでした。

 

そして、何よりも強く実感したのは弘兼憲史という漫画家の類まれなるストーリーテラーとしての能力でした。

 

『黄昏流星群』を読むたびに、いつのまにかその物語の世界に時間を忘れて没入している自分を自覚するようになりました。

 

代表作の『島耕作シリーズ』よりもわたしは『黄昏流星群』に強く惹かれます。

中高年の恋愛をモチーフにしたシリーズなのですが、一作一作の設定が実にユニークで、

暴力団の組長や犯罪を犯した逃亡者が主人公として描かれたりしていますが、そういうキャラクターのナイーブな心模様や純真な恋心が浮き彫りになるように表現されていて、どの作品もふと気づいたら没頭していたということが数えきれないくらいありました。ストーリー展開そのものに人を強く引き込んでいく力があるのです。

 

デビュー時の『人間交差点』も同じようなヒューマンドラマのテイストが色濃い名作でしたが、この作品のストーリーは弘兼氏ご本人ではなく、矢島正雄という脚本の専門家が書かれたものです。

これはわたしの推測に過ぎませんが、弘兼氏はおそらく『人間交差点』で矢島氏とコラボを組んでいた時期にストーリー作りのコツのようなものをつかんだのではないでしょうか?

 

弘兼憲史の代表作と目されている「課長島耕作」も連載開始当初は、矢島正雄氏が原作を書いていたということを最近になって初めて知りました。

このようなコラボを繰り返す中で、弘兼氏は優れたストーリーテラーとしての確固としたスキルを身に着けていったに違いありません。

 

『人間交差点』と『黄昏流星群』に共通するヒューマンドラマとしてのリアルで人の心の琴線を震わせるような物語作りを味わうと、そのような「原作事情」が感じられます。

 

『黄昏流星群』シリーズの中のわたしが大好きな作品の一つに、第11巻の「極北に星光る」があります。

 

 

これは、東京で活動する若手マジシャン・森尾英介が、小料理屋「なな」の女将・藤田奈々枝から、昔知り合った驚異的なカードマジックを操る素人マジシャン・真崎茂の存在とその神業を聞かされます。真崎はかつて、奈々枝を暴漢から救うために殺人を犯し、網走刑務所に服役していた過去を持ちます。この話に興味を抱いた森尾は、真崎の居場所を求めて網走へと向かいます。

網走で真崎を探し出した森尾は、彼にマジックの秘技を教えてほしいと頼みますが、真崎は一旦はそれを拒否します。しかし、森尾の熱意に心を動かされた真崎は、ついにその超常的とも言えるマジックを披露します。その技に驚いた森尾は、真崎の過去をさらに探るため、元看守の西山源介を訪ねます。

西山は獄中の頃の真崎の服役態度が気に入り、何かと目をかけてきた看守でした。そして服役中の真崎に起きた不思議ないくつかの出来事を森尾に語ります。

ちょうどその頃、東京の奈々枝の店に、昔弟と一緒に奈々枝を強姦しようとした男が出所してふたたび現れ、つきまとい始めます。奈々枝は森尾から届いたハガキを頼りに逃避行のように網走行きを決意します。

物語は網走に本舞台を移し、真崎の不思議な能力の実態も明らかになり佳境を迎えるのですが、例の男が網走に姿を現したことから、急展開を見せます。

 

これ以上はネタバレになるので書きませんが、思いがけない展開が連続し、読むものをぐいぐいと引き込んでいく弘兼憲史ワールドが拡がります。

『黄昏流星群』は、初出を見ると発表されてちょうど30年になる連載作品ですが、今どれを読んでも面白く、感動的で人を引き込む魅力に輝いています。

 

この『黄昏流星群』は、文芸やコミックなどといったジャンルを超えて、人の心の琴線を鳴らし続ける日本を代表する表現作品として歴史に刻まれると確信しています。

 


 

 

カーペンターズのレコードを買ってきて居間のステレオで繰り返し聴いていたのは中学生の頃、今から50年以上も前のことです。

 

いわゆる洋楽というものに目覚め、モンキーズやビートルズやシカゴのリズム&メロディが自分の世界に侵入してきたのとほぼ同じ時期に、カーペンターズの美しいハーモニーが飛び込んできたのです。

 

ビートルズともシカゴとも違う、それはとてもクリアーで調和的な気持ちのいい音の世界でした。

 

カレン・カーペンターの歌声は素晴らしくエレガントで優しく美しく、「癒し」という言葉がまだ世間に浸透していなかった当時のワタシの心を心地よくヒーリングしてくれたのでした。

 

それがまさか、半世紀を超えて自分の心を潤し続けることになるとは、当時のワタシは夢にも思いませんでした。

 

けれども、カレン・カーペンターの歌の真価を、本当に身に染みて実感するようになったのは、ずっと後のことでした。

 

歌や音楽と時代思想が密接にリンクしていた昭和当時の世相の中で、カーペンターズがどちらかと言えば「優等生」「いい子ちゃんバンド」として、わりと軽く見られていたこともなんなく感じとっていました。

 

そういう中、ビートルズやローリングストーンズ、レッドツェッペリンを話題にしている中学の同級生の前で「カーペンターズが好き」とはなかなか言いにくい空気があったのです(笑)

 

ロックグループの中での私の一番の「お気に入り」はブラスロックグループのシカゴでした。

カーペンターズと並行して、このシカゴのキーボード奏者のロバート・ラムの味のある歌声とシンプルなコード演奏に魅了されたのが、私が本格的な「音楽好き」に育っていくきっかけでした。

 

シカゴ

 

それから約50年。

 

いろんなことがあり、いろんな音楽を聴いてきました。

 

高校時代、自室でレコードに合わせて、モーツァルトの交響曲をブルーノ・ワルター気取りで指揮真似をしていました。

 

高校の登下校時には、音楽好きの親友と歩きながら、ベートーベンのシンフォニーを口合奏して楽しんでいました。

 

部屋に一人でいる時は、ショパンのノクターンやシューベルトの即興曲、フランソワーズ・アルディのメランコリックヴォイスにしんみりしていました。

 

フランソワーズ・アルディ

 

大學に進学して住んだ東京阿佐ヶ谷の四畳半のアパートでは、モーツァルトの「クラリネット協奏曲」とフランソワーズ・アルディばかり聴いていた時期もあります。

 

大學を卒業し、地元の熊本で就職してしばらくするとJAZZの世界にひかれ始めました。

通勤の車の中でJAZZスタンダード名曲を集めたテープを繰り返し聴いていました。

なかでも、マイルス・デイビスとジョン・コルトレーンが共演したあの歴史的名曲「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」にはシビレました。

むせび泣くようなマイルスのトランペットのイントロから始まり、途中からごく自然にコルトレーンのテナーソロが参入してくる、そのタイミングの絶妙さと陰鬱なメロディとのコントラストがJAZZの「カッコよさ」に目覚めさせてくれました。

 

アルバム「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」表紙

 

就職して二年後に熊本から東京に転勤になりました。

JAZZに目覚めた私は、ここぞとばかり都内のライブハウスに足しげく通い、生のJAZZ演奏を堪能しました。

 

新宿のピットイン。高円寺のジロキチ。六本木の「Body&Soul」

こんな店に頻繁に足を運び、山下洋輔、坂田明、武田和命、森山威男、中村誠一、林栄一、小山彰太などの生演奏に胸を躍らせました。

それは、熱気と殺気に満ちた凄まじい音楽空間でした。

今や日本のJAZZシーンのレジェンドと化した感のある彼らの当時の演奏は、おそらく時代とリンクしていたのかも知れません。

まさにそれは、数年後にバブル崩壊にいたる真っ只中の演奏だったのです。

 

 

こうして今振り返れば、東京転勤を機に、望んでも得られないような超貴重な音楽体験ができたと感懐深いものがあります。

 

再び熊本に帰り、40歳を超えた私は、プロについてドラムを習い始めました。

自分でもどうしてもJAZZをやりたくなったのです。

先生について音楽を習うというのは生まれて初めての体験でした。

習い始めてほどなく、無謀にも、仲間を募ってバンド活動を始めました。

盲目蛇におじず(笑)

当時行きつけのライブハウスレストランのオーナーで高校の先輩にあたるNマスターが全面的に協力してくれました。

昼間空いている店を練習に使わせてくれ、時には自らピアノ演奏で付き合ってくれました。

JAZZやボサノバのスタンダードをメインに、レパートリーを組み立てました。

カーペンターズの曲も数曲含まれていました。

こうして、このライブハウスを舞台に、ノーギャラではありましたが月一くらいで人様の前で演奏できるようになったのです。

今思い返せば、夢のような展開であり、我ながらアキレるような情熱でした。

寄せ集めのにわかバンドで、駆け出しのドラマーであっても、演奏の途中でぴったり息が合う瞬間があり、その快感が忘れられずに活動を続けていました。

付き合ってくれたバンド仲間たちにも、ただ感謝しかありません。

 

バンド活動の舞台となったライブハウスレストラン

ちなみにこれはワレラのステージ写真ではありませぬ(-.-)

 

バンドも活動も数年で自然消滅しましたが、得難い貴重な音楽体験であり、人生体験でした。

 

そんなこんなで、音楽とはけっこう深く関わってきました。

 

こういうひと時代、ふた時代を経て、あらためてカーペンターズを聴き返す。

ある日、YouTubeで久々に聴いたカレンの歌声が、深く心にしみわたるような感覚を覚えました。

その声の深みと表現力の多彩な豊かさと音程の正確さ、英語の発音の美しさに、深く感じ入りました。(ちなみに、英語の発音を聴いて「美しい」と感じたのは、カレンの歌が初めてでした)

それを、兄のリチャードの曲作りと音楽プロデュースの才能が強力にバックアップしています。

それらが見事に組み合わさって「カーペンターズの世界」を出現させているのです。

それは、素晴らしくハーモニックで、明るく美しくかろやかな世界であり、聴く人をそういうヴァイブレーションの領域に誘っていきます。

 

五次元ミュージック。

 

今ならあえて、そう呼びたい気がします。

パンデミックに翻弄され、フェイクと悪意と欺瞞、争い、喧噪にあふれたこの世界。

いつまでたっても核や最新兵器の競い合い、奪い合いから卒業できない為政者たち。

心底から平和な世界を希求する大多数の人々は、もはや何かの臨界点を超えてしまったことを意識の奥で感じているのではないでしょうか?

世界が反転する時が訪れたのを感じ取っているのではないでしょうか?

 

 

反転。

 

悪の極致から、愛の極致へ。

 

争い、競い、奪い合う男性性の世界から、育み、慈しみ、抱きしめる女性性の世界へ。

 

そうです。

カレン・カーペンターは、この世界に天上界からつかわされた歌の女神なのです。

音霊と言霊の美しいヴァイブレーションを、この三次元世界に鳴り響かせ、五次元世界へと誘いました。

 

カレン・カーペンター

 

世界中の音楽ファンの心に、美しく清涼な歌声と光の記憶をのこしてくれました。

 

そして、役目を終えると天上界へ帰っていったのです。

 

この現実の世界でカレンは、身体のトラブル、結婚生活の不和で苦しみ、32歳の若さで肉体を離れています。

 

まるで流れ星のような人生。

 

きらめくような美しい歌声。

 

それは時空を超えて、次元を超えて、この銀河に、宇宙に鳴り響き続けるでしょう。

 

 

 

 

 

 

1.プロローグ ー 二人のスタンディングオベーション ー

 

数年前の暮れも押しつまったある夜のこと。

 

借りて来たDVDでこの映画『オーケストラ!』を見終わった直後、私たち夫婦は思わず立ち上がってスタンディングオベーションをしていました。

 

音楽のもたらす感動、圧倒的な力を全身で感じて、期せずして夫婦同じ振る舞いをしてしまったのです。

 

この映画、クラシック音楽に興味がある人も、そうでない人もおそらく「音楽」そのものの持つ不思議な力とその深い魅力を体感されることでしょう。

 

コメディ仕立てで、笑えるシーン満載の映画ですが、圧巻はそのラストシーン。

 

物語の伏線となっていたいくつものエピソードがすべてつながり、オーケストラが一体となって奏でるチャイコフスキーの哀切で美しい旋律に乗って、見る人の胸に迫ってきます。

 

この「あまり知られざる名画」とも言える映画『オーケストラ!』をご紹介します。(ネタバレ注意!)

 

2.映画『オーケストラ!』(原題: Le Concert))の概要

 

2009年11月4日公開 フランス映画 (上映時間119分)

監督、脚本 ラデュ・ミヘイレアニュ

出演 アレクセイ・グシュコブ メラニー・ロラン 他

受賞歴 第68回 ゴールデングローブ賞(2011年)

    第35回セザール賞 音楽賞 音響賞監督

    フランス映画祭  観客賞

 

<ストーリー>

ロシアのボリショイ劇場で清掃員として働くアンドレイは、かつてはボリショイ交響楽団の天才指揮者として知られる一流の音楽家だった。

しかし、当時の共産主義政府によるユダヤ人排斥政策に従わなかったため、30年前に楽団を追われた過去があった。

そんな彼はある日、清掃中に偶然、パリのシャトレ座がキャンセルした楽団の代わりとなるオーケストラを探しているという情報を知る。

音楽界に復帰するチャンスとひらめいたアンドレイは、同じように追放されていたかつての楽団員仲間たちに声をかけ、『ボリショイ交響楽団』になりすましてパリにへ行くことを計画する。

 

演目はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。

 

アンドレイはソリストとしてパリ在住の女性ヴァイオリニスト、アンヌ=マリー・ジャケを指名する。

彼女とともに演奏することもアンドレイの大きな目的で、過去のある運命的な哀しい出来事が関係していた。

そして、演奏会の日。ギリギリで集まった団員たちの、調子っぱずれの演奏が始まり、客席はざわめき失笑がひろがる始末。

 

しかし、奇跡はそこから始まった・・・。

 

3.この映画の見どころ、オススメポイント

 

(1)圧巻のラストシーン

 

 

この作品のハイライトはやはり何といってもその圧巻というしかないラストシーンです。

 

12分以上にわたってオーケストラの演奏シーンが続くのですが、まったく飽きないどころか、この物語の伏線が一つ一つ浮かびあがってくるようなカメラワーク、演出がなされており、深い感動を呼び起こします。

 

特に、このバイオリン協奏曲の第一楽章の主旋律が、物語の背景となっている出来事をそのまま謳っているような哀切と慈しみにあふれた音楽で、曲と映画がまさに一体となってみる人の心を揺さぶります。

 

過去と現在が曲の旋律とリズムに合わせるように、モノクロームとカラーで交互に展開され、それがこの「コンサート」の背景と真実をごく自然に浮かび上がらせていきます。

 

これはまさに映画でしかできない演出で、監督のラデュ・ミヘイレアニュのたぐいまれな手腕を感じました。

 

ちなみに初めてこの映画を見終わって、私たち夫婦はこのラストシーンだけさらに6回も繰り返し見てしまいました。

 

(2)アレクセイ・グシュコブのクールな熱演

 

 

この作品の俳優たちは皆それぞれが「はまり役」としか言いようのない見事なキャスティングです。

 

なかでも、主演のアレクセイ・グシュコブは「大当たり」。

 

ポーランド出身の俳優ですが、東欧、ロシアの男性特有の少々ネクラでシリアスな表情や雰囲気が特徴的です。

 

天才指揮者として脚光を浴びながらも、政治的な事件で楽団を終われるという暗い過去を持つ主人公アンドレイ・フィリポフをリアルに演じ切っています。

 

それが偶然パリ公演のチャンスをつかんで、昔の楽団仲間たちを招集しコンサートの実現に奔走する姿は、鬼気迫るような情熱を感じさせ、それがこの作品の独特のスピード感を生み出しています。

 

ラストのコンサートシーンでは、ソリストのアンヌ・マリーと何度も何度もアイコンタクトを交わし、この曲とこの演奏の意味を二人分かち合いながら高みへと昇っていくような姿が実に感動的でした。

 

(3)メラニー・ロランの可憐な美しさと絶妙の演技

 

 

そしてもう一人の主役、アンヌ=マリー・ジャケ役のメラニー・ロラン。

 

この作品はこの人の存在によって傑作になった、と言っても過言ではありません。

 

正統派のヨーロッパ系の美女ですが、まるで少女のようなそこはかとない可憐さを持ち合わせていて、この作品の大切な華になっています。

 

オーケストラとの初めての顔合わせリハーサルで、団員のイケテない演奏にウンザリ顔だったアンヌ=マリーが、アンドレイの盟友サーシャの美しいチェロ演奏を聴いて、みるみる表情が和らぎ、歩み寄ってやさしく語りかけるシーン。

 

ロマ族のコンサートマスターのジプシー的バイオリン演奏に興味なさげだったアンヌ=マリー、ところが一転して彼がパガニーニの超絶技巧を鮮やかに弾きこなすのを目の当たりにすると目を輝かせ、「今の倍音のアルペジオ、どうやって弾いたの?」と子供のように質問するシーン。

 

その表情の変化が実にナチュラルで愛らしく、この女優さんの天性の魅力と才能を感じさせます。

 

そしてハイライト、ラストのコンサートシーンでは、緊張のステージ登場から、感動のエンディングまで、その表情としぐさの変化が多彩かつ繊細で、アンヌ=マリーのこの演奏にかける真情を見事に表現し尽くしました。

 

全観客のスタンディングオベーションと大歓声の中で、胸に手を当てながら感極まって泣き出すシーンは本当に感動的でした。

 

 

(4)愛すべきロシア人たち

 

 

この映画の一つの大きな要素が、ロシア人楽団員たちの愉快でユーモラスな「生態」にあります。

 

私用で救急車を乗り回す太っちょのチェリスト。

 

旧ソ連共産主義の復権を画策する元KGBのマネージャー。

 

感情むき出しで大声でまくしたてる人たち。

 

機内で大酒飲んで酔っ払い、大声でロシア民謡を歌いながら空港ゲートを出てくる団員たち。

 

ホテルにつけば我さきにルームキーを奪い合う人々。

 

コンサートでパリまで来ているのに商売に余念のないユダヤ系の親子。

 

等々。

 

どれも真面目なお国柄から見ればヒンシュクものの生態ですが、どこか憎めずコミカルで、この作品の背景にある暗く重いテーマと対照的なコントラストを描き出しています。

 

このあたりに、ミヘイレアニュ監督のバランス感覚や、映画作りのセンスを感じます。

 

そして、見る者を飽きさせないテンポと切れ味のいいカメラワーク、画面転換が見る者をぐいぐい引っ張っていきます。

 

4.この映画に関わる関連情報、話題

 

(1)一流バイオリニストが演技指導

 

 この映画で主演のメラニー・ロランのバイオリンの吹き替えを担当し、演奏演技指導を行ったのはフランス国立管弦楽団の首席バイオリン奏者のサラ・ネムタヌです。

なんと4か月にわたってみっちり指導されたそうです。

その成果、この映像と音楽にしっかり現れています。

 

(2)封切り前に監督と主役が来日していた

 

この作品は日本では2010年4月17日封切りされています。

 

実はその一カ月ほど前に、東京六本木で開催された「フランス映画祭」で一足早くお披露目され、それに合わせて監督のラデュ・ミヘイレアニュと主演のアレクセイ・グシュコブが来日し、インタビューにも応じています。

 

「主役はロシアのスターにお願いしたい」と望んだミヘイレアニュ監督がモスクワを訪れ、グシュコブを見初めて主演を依頼したこと、そのグシュコブは、完璧な演技を目指してロシア、ルーマニア、フランスの三人の指揮者に師事して特訓を受けたことなどを明かしています。

 

(3)『オーケストラ!』メラニー・ロラン オフィシャルインタビューより

 

 

日本の封切り前にヒロイン役のメラニー・ロランがオフィシャルインタビューを受けています。

 

〇シナリオを読んで強い感銘を受け、出演を即快諾したこと

〇やはりラストのコンサートシーンが一番気に入っていること

〇日本を一度訪れたことがあり大好きで、また行きたいこと

などを明かしました。

 

そしてハイライトのコンサートシーンでは、

 

「バイオリンと一体になって自分のなかの感情を吐き出したような気がします。自分が音楽にもっていかれたような。ほぼトランス状態ですね。実際感極まったとき、震えだしてしまって、一度撮影を中断したほどです。倒れるかとおもいました。私の身体自体が音楽になったような感覚でした。本当に印象に残った強いシーンです。」

 

という貴重な証言を残しています。

 

5.この作品へのレビューや感想から

 

この『オーケストラ!』に寄せられた数々のレビューや感想から印象に残った言葉のいくつかをご紹介します。

 

〇クライマックスの演奏シーンでは、それまでふざけていたキャラクター達が一斉に楽器を演奏し始めるやいなや、途端に感動モードへ突入!クラシック音楽の圧倒的な迫力と相まって、神懸かり的な高揚感をもたらしてくれます

 

〇メラニー・ロランはその立ち振る舞いと美しさでも、抜群の存在感を発揮しています

 

〇「心の清涼剤」という言葉がありますが、この『オーケスラ!』はまさに心に涼風のふく爽やかさ。フランスってこんな映画を作る国だったかな、と見直したくなる一本です。

 

〇身を切り裂かれるような哀しさが、音楽によって涙になって浄化されていくような実感があった。最後に残るのは登場人物それぞれへの愛情と、今の世界の平和を希求する心と、小説の読了後に似た痺れるような倦怠感である。

 

6.まとめ

 

音楽をテーマにした映画は、それこそ数えきれないほどありますが、この『オーケストラ!』はその中でも最上のランクに位置される作品だと思います。

 

ストーリー、登場人物、設定、キャスティング、展開、エンディングのどれをとっても、「これしかない」と唸りたくなる完成度です。

 

そしてそのラストシーンだけ繰り返し何回も見るというのは、少なくとも筆者にとっては初めての体験でした。

 

そして何回見ても、同じように感動して涙が出る、という体験も初めてでした。

 

レビューや感想を読むと、同じような人は数多くいたようで、中には何十回も見ているという猛者もいました。

 

気持ちがよくわかります。

 

最後にこの映画の中でもっとも印象に残った主人公アンドレイの言葉をご紹介してこのレポートの締めくくりといたします。

 

アンヌ=マリー・ジャケと初めてレストランで会食するシーンの中のセリフです。

 

「このコンサートは、言わば「告白」であり「叫び」なんだ。音符の一つ一つに命がある。音符のそれぞれがハーモニーを探している。幸せを探している。このチャイコフスキーの協奏曲にとりつかれている。ここには究極のハーモニーがある。不変の音楽性がある。完璧です」

 

 

(終わり)

 

 

我が人生で初めて夢中になった映画です。                             

 

中学二年生の時でした。

 

イギリス・ロンドンの下町に住む小学生の男の子と女の子の初恋を描いた青春ラブストーリーです。

 

どんなきっかけでこの映画を見に行くことになったのか覚えていませんが、間違いなく5回は映画館に足を運んでいます。

 

その内2回は学校をサボって行きました(笑)

 

この映画の何が14歳の私を夢中にさせたのか?

 

当時私は、父の転勤の関係で熊本市内の従兄の家に居候していました。

 

庭の一角に建てられた六畳のプレハブで、2歳年上の従兄と寝起きを共にしていました。

 

映画を見に行った日の夜、私は2段ベッドの上段で、いつものようにラジオの深夜放送を聴きながらウトウトしていました。

 

と、その時、突然の衝撃で目が覚め、飛び起きました。

 

ラジオのスピーカーから、今日見た映画のテーマソングが流れてきたのです。

 

「メロディフェア」

 

映画の冒頭、ヒロインのメロディ(トレーシ・ーハイド)がお小遣いでゲットした金魚を嬉しそうに頭上にかかげながらロンドンの下町を歩くシーンでこの曲が流れます。

https://www.youtube.com/watch?v=BQnTCB_rX84

 

その歌詞も旋律も、この愛くるしい少女をやさしく包み込み、慈しむような曲調で、この映画のバックボーンになっています。

 

ラジオから流れてきたこの曲を聴いた瞬間から、その日見たばかりの映画の様々なシーンが脳裏に鮮やかによみがえり、ふたたびの感動で胸がいっぱいになりました。

 

この映画は、物語の主要なシーンにビージーズの優しく美しい曲が実に印象的に織り込まれていて、幼い恋と思春期のナイーブな世界を描き出すのに素晴らしい効果をあげています。

 

https://www.youtube.com/watch?v=ufsH8dOH0Zo

 

ミュージカル映画ではないのですが、音楽と映像が一体となって、可憐で魅力あふれる世界を生み出しています。

 

十四歳の私にとって、美しい映像と音楽に魅了される初めての体験でした。

 

それから約半世紀を経た今でも、この夜のラジオ深夜放送から「メロディフェア」が流れてきた瞬間の興奮と感動は,鮮明に記憶しています。

 

それは私にとって、映画と音楽という、この世におけるとても貴重な楽しみの幕開けを告げる鐘の音のようなものでした。

 

先日ある人が、「よい本と、クラシック音楽があれば、あとは何もいらない」と語っていて、かなり共感しました。

 

この世に生きていくことは、様々な労苦と隣り合わせですが、自分の好きな音楽や映画、本などの存在が、生きる歓びの重要なアイテムになっていることを感じます。

 

一人一人がそれぞれの「お気に入り」を持っています。

 

その対象と、誰に遠慮することなく向き合い、存分にコミットすること。

 

案外、こんなシンプルなことが幸せの秘訣だったりするのかもしれません。

 

 

<キシトル「好き」を語る>でご紹介するトップバッターは、山下洋輔さんです。

 

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山下 洋輔は、日本のジャズピアニスト、作曲家、エッセイスト、作家である。ひじで鍵盤を鳴らす独自の奏法を交えながら演奏する。 <ウィキペディア>

生年月日: 1942年2月26日 (年齢 77歳)

生まれ: 東京都

学歴: 国立音楽大学

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今や誰もが認める日本を代表するジャズピアニストですが、その文章が秀逸で、エッセイ、小説、そして近年は童話まで発表しています。

 

あのタモリを数十年前福岡で発見し、その芸のあまりのオモシロさに仰天して東京に呼び寄せ、その後の大活躍のきっかけをつくった影のプロデューサーとしてもよく知られています。

 

私は学生時代に東京阿佐ヶ谷の小さなアパートの自室で「山下エッセイ」(『ピアニストを笑え』新潮文庫)に初めて出会い、強烈なインパクトを受けました。

 

 

これは、その後の私の人生に大きな影響をもたらす出来事となりました。

 

東京で暮らした二十代後半は、高円寺のライブハウスJIROKICHI(ジロキチ)での山下ライブに足しげく通いました。

 

約十年後に生まれた自分の長男に「洋輔」と名付けました。

 

2006年8月に山下洋輔が阿蘇神社でライブをやると耳にした私はギャッと飛び上がり、脱兎のごとく動き回り、チケットを入手しました。

開催された「阿蘇神社楼門コンサート山下洋輔ニューヨークトリオ」にはツレアイを伴い、嬉々として参加しました。

 

この楼門が十年後に地震で潰れることになろうとはまさか夢にも思いませんでしたが、阿蘇神社の境内でプレイする山下洋輔は、相変わらずエネルギッシュでシャイでメロディアスでした。

楼門なき今となっては貴重な記憶のワンシーンです。

 

そして、令和の今日に至るまで約四十年、山下洋輔という人物は私のアイドルであり、人生の師であり、この世でもっとも敬愛するパーソナリティーであり続けています。

 

昨年(2018年)暮れには熊本県立劇場でのビッグバンドを引き連れてのコンサートが予定されていました。

 

私は、「来た、そりゃッ!」とばかり飛び上がり、さっそく最高のSS席チケットを手に入れワクワクと心待ちにしていました。

 

ところがナント、直前に山下氏が自宅で転倒して大ケガをし、公演は中止になりました。

 

ワタクシの落胆、いかばかりか・・・。

 

幸い現在では怪我も回復し、ライブ活動を再開されています。

 

幻の2018熊本公演チラシ

 

私が学生時代に山下エッセイから受けた衝撃は、言わば「観念破壊」でした。

 

幼い頃から本に親しみ、文章とはこんなもの、こんなふうに書くものと自然にアタマの中で形成されていた文章観が、突然やってきた坊主頭のジャズピアニストに木っ端みじんに叩き壊されたのです。

 

1970年代に山下洋輔トリオがヨーロッパツアーを行った時の山下によるライブ描写。

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二千人の聴衆が立ち上がって拍手をした。

「いくよ、せえのお」といって森山がスティックを振り下ろした。

最初からぶっ飛ばした。

指先が鍵盤に当たるたびに火花が散った。

森山のシンバルからも坂田のマウスピースからも火花が散っていた。

森山がタコのように身をくねらせながらパターンを打ち込んできた。

左右左右左左右左左左右。

とっくに全力疾走になっている。

坂田が飛び上がり始めた。

森山が左手のスティックを大きく振ってサイドシンバルを飛ばした。

サイドシンバルは空母から発信する戦闘機のように一度沈み、ゆっくり浮き上がった。

加速度をつけてまっすぐ坂田の胴にうしろからくいこむ。

鋭いシンバルの刃で胴が輪切りになった。

胴から上の坂田は、そのままシンバルに乗って飛んだ。

最高音のDを吹き伸ばしながら、坂田は一直線にミュールスの夜空に舞い上がり、北の空に消え去った。

 

(『ピアニストを笑え』新潮文庫「さらば碧眼聖歌隊」)

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「なんじゃこりゃ?!え、文章でこげなことしてえーと?」

 

山下エッセイを初めて読んだ時、私のアタマに発生した驚きをコトバで翻訳するとこんな感じになります。

 

高校生のときに小林秀雄の文章にハマり、その後、山口瞳や山崎正和などの言わば「正統」の文章に親しんできた私にとって、この山下洋輔ドシャメシャ(山下用語)エッセイは、カルチャーショックというか、心の壁に大きな風穴を開けられるような「大事件」でした。

 

そして、山下エッセイのその「驚嘆すべきメチャクチャ」は、大きな魅力をともなって私の心をワシ掴みにしました。

 

それはまた、「文章表現」という行為の持つ多様な可能性に目を開かせ、自由闊達な境地へと導いてくれる「福音」でもあったのです。

 

ヨーロッパ生活二週間目で日本食を恋しがる坊主頭のジャズメン三人の描写です。

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ビールと弁当を売りに来たので買う。

弁当といっても、パンにバターにサラミソーセージのワンセットだ。

プラスティックのナイフとフォークがついているのが、余計ニクラシイ。

「ワシラの国では、こういうものを弁当とはいわん。せめて新幹線の幕の内弁当でありたい」

「そんなゼイタクをどうしていえるか、三平食堂のBランチがあれば50マルク出す」

「ばかめ、米田屋のトン汁ライスを忘れたか、しかもオシンコつきだ」

「なんのなんの、荻窪駅立ち食いソバ、しかも大量のネギ、トンガラシ入り!」

「ウヒャーッ」

全員のノドがぐびぐび鳴り、目がランランとかがやいてきた。

「シオコブの茶漬け」

「ワヒャーッ!」

「石の家、ムースーロー、ラー油かけ」

「ヒーッ」

のたうち回った。

「タン、ハツ、レバ、カモ、たれ塩一本ずつ!」

「グギャーッ」

「三角オニギリ、ゴマ塩!」

「ガヒョーッ」

「ガンモドキ、コンニャク、サトイモ、醤油つけ」

「ギャオーッ」

「冷やし中華、タマゴ、キュウリ、ハム、ベニショーガ、おつゆダボダボ、しかもナルトつき!」

「ギャワワワーン、もうやめてくれ気が狂いそうだ」

全員息も絶えだえで椅子にしがみつき、互いにギラギラした目を見交わした。

虫の息でまだいうやつがいる。

「せめて、キャベツの千切りにソースをかけて、むさぼり食いたい」

「えーい、まだいうか、しれものめ!」

「それがだめなら、醤油を水で薄めてヤカンいっぱい飲みたい」

日本を離れて、二週間でこの有様だ。

 

(『ピアニストを笑え』新潮文庫「ジャガ、ナイ、フォークのせはダメよ」)

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このイキイキとリズミカルでドシャメシャな山下洋輔ワールドが、四十年の時空を超えてワタクシの細胞で炸裂し、ウヒャウヒャと悦(よろこ)ばせ続けているのであります。