🎌 天皇誕生日に思う、「ありがとう」の意味

 

今日は天皇陛下の御誕生日。

凛と身が引き締まる冬の空気に包まれ、

この国に生きる一人として、心からお祝い申し上げます。

 

 

日本全体で祝う「誕生日」というのは、どこか特別な感じがする。


でも、そもそも 「誕生日を迎えられること」 自体が、
本当は 「特別なこと」 なのかもしれない。

そう思うようになったのは、
もう、母の、父の誕生日を一緒に祝うことができないからだろうか。

誕生日に一緒にモンブランを食べることすら、
「有ることが難しいこと」 だったんだと、今さらながらに思う。

 

 

 

🌀「ありがとう」と「I thank you」の違い
 


日本語の「ありがとう」という言葉は、

もともと 「有り難し」 から来ているそうだ。

「有ることが難しい」——
つまり、「当たり前ではないこと」に気づいたときに生まれる言葉。

一方で、英語の “I thank you” は、
「私はあなたに感謝する」と、主体が明確。

「感謝を伝えること」に焦点がある英語と、
「当たり前ではないことに気づく」日本語。

どちらも素晴らしいけれど、
「ありがとう」には、ちょっとだけ“物語の気配”を感じる。

 

 

🎂 それが最後となってしまった、父の誕生日


2025年1月9日。
それは、父が旅立った日。
突然のことだった。

ライオンキング、見に行くって約束してたのに!——

安らかに眠るなよー。
悔しさが込み上げてくる。

その 2ヶ月と8日前——
父の誕生日だった。

一緒に、モンブランを食べた。

我が家のモンブランは、
栗色のクリームをまとった、

おしゃれなカフェのようなアレではなく、
 

黄色いクリームに、

黄色い栗がちょこんと乗った 「ザ・モンブラン」 。

母も、父も、それが好きだった。

 



そして思い出す。
7年前の母の誕生日も、同じだったことを。

まさか、それが母の最後の誕生日になるなんて思わずに。
誕生日から 2ヶ月と9日後、
突然の別れが待っていた。

 

 

🍰 どんだけ仲良しなんだよっ!

 

母は、よく言っていた。
「一緒がいい」 と。

美味しいものを食べるのも、
どこかへ出かけるのも、
何をするにも 「一緒がいい」。

靴下ひとつを買うにしても、

「ひよこちゃん(母)ばっかり、悪いじゃん。
じじおちゃん(父)も、

なんか買えしー(買うといいよ)」 と言って。

でも、それはただの口癖ではなく、
母なりの家族への想いだったのだと思う。

家族でいることの意味。
一緒に過ごすことの意味。

実母を2歳で亡くしている母は、
どんなときもそれを大切にしていた。

当然、長く家族として過ごせば、
傷ついたり、苦悩することもあっただろう。

しかし、どんな時も母は、こう言っていた。

「ひよこちゃんは全部水に流す~」
「うらみっこなし~」

その言葉は、ただの許しではなく、
「一緒に生きる」ことを選び続けた

母の強さ のように思えてくる。

 

そして、それは、母亡き今、
「ありがとうの物語」を綴るからこそ、見えてくること。

 

気づかせてくれる、

「ありがとう(有ることが難しい)の瞬間」なんだと感じている。

 

 

🌿「ありがとうの記憶」を、言葉にしてみませんか?


モンブランを食べながら交わした、何気ない会話。
何も特別なことなんてない、ただの誕生日。

だけど、その時間は、
今になってみると、とても 「有り難い」 ものだったのだと、しみじみ思う。

失って初めて、その重さを知ることになるなんて、何とも皮肉だ。

もし、今「ありがとう」と伝えたい人がいるなら、
言葉にしてみませんか?


1️⃣「わりと言葉にしている方だ」
2️⃣「恥ずかしくて言葉にできない」

1 or 2、コメント欄で教えてください♪

 

 

💡 最後に・・・

あなたには、
💭 「もっと伝えたかったこと、ありませんか?」
💭 「あの時の気持ちを、今なら言葉にできる気がしませんか?」

📝 言葉にすることで、記憶は色褪せず、あたたかく蘇る。


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📩 まずは、DMであなたの気持ちを聞かせてください。
どんな小さなことでも大丈夫。
ここで、あなたの言葉を待っています。