おそらく…

科学の進歩と共に、人間って、何かにつけて『白』『黒』付けたがってきたのだと思う。


でも、モノや科学には白黒つけれたとしても、人間にはつけれないよね…


だから、混沌は混沌として、また、モヤモヤはモヤモヤとして、受け入れるべきなんだろうなぁ…
ずっとバイトでした。お盆。

秋田のスーパーで、レジしてました。

こっちだと、帰省のしてくる人が多いし、そのための準備もすごい。

お花やら、仏壇に供えるものとか、もちろん生きてる人が食べるものも。



おそらく年金で暮らしているであろう、おばあちゃんが惜しげもなく、お金を使っていく姿を見て、なんだか…と思いました。


お盆なんかなくなればいいのに、そしたらこのおばあちゃんは、このお金を自分のために使ったであろう。


お盆がなくなるってことは、先祖を思う気持ちがなくなるってこと


ってことは、その気持ちだけが人間になくなるのはきっとないから…


人間の感情はそのまま残り続けるんだろうなぁ…


やっぱりお盆はなくならないんだ…



となりました。

人を弔う気持ちは、心的機能でしかないけれど、そうやって生きてきたのだから、失われることはないであろう。

教育はどんな気持ちから生まれ出るんだろぅ。
今日、大学院で、『授業研究』についての授業があった。

かの有名な佐藤学さんが書いた本です。

が、私は一歩focusを引いちゃうタイプなので、

授業研究って言うけど、授業が上手くなって何になるの

と、言ってしまった。



でも、同じことで、料理が上手く作れることは何になるの??…

洋服を上手く着こなすことは、何が目的なの??…

と………

じゃぁ、生きてることって何の意味があるの??

こういうのを『超越』って言うんだと思います。

頭の中が、もはや、まともではない。