遠足の帰り。
バスの中で、子どもたちが本日の感想を、順番に発表して行く。

最後の子が、言葉につまり、自分の感想を言うことができない。

教師はその子に優しく声かけ、励まし、その子がどうにか自分の言葉を発せられるように、子どもと向き合っている。

その子も、黙ってしまっているが、内面では様々な思いが蠢いていたり、葛藤が起こっていたりしているのだろう。

そんな場面で、他の教師は、私語をしている。

子どもと教師が向き合っている最中。

子どもが、自分を越えようとしている最中に、教師ならばその状況を、どうにかしてあげたいと願うことが当然であろうと思われるその最中に、酒の話を始めている。

その子と、その子と向き合う教師には見向きもせずに。まるでそこに子どもなどいないかのように。

おれはこの人間を、見限ってしまおうかと思ってしまった。

もはやそこにいる人間を、教師として見ることができないと思ってしまった。

おれは、よほどその教師が手に持っているチラシを没収し、注意してやろうかと思った。

しかし子どもたちのいる前で、それはできなかった。

おれは、こんな、子どもを大切にしない人間を、教師として認めたくない。

怒りは醜いかもしれないが、怒りではどうにもならないが…

せめて、これからの真心のこもった教育のためのエネルギーに変換しろと、自分に言い聞かす。

大切なのは、気持ちだよ。