渡日したジョンのその後。 『火の女神ジョンイ』⑤ | コワれるまで ALLORA

渡日したジョンのその後。 『火の女神ジョンイ』⑤

『火の女神ジョンイ(プルィ ヨシン チョンイ)(2013年)の最終話、主人公ユ・ジョン(ムン・グニョン)は太閤秀吉の意向に従い、倭国( ウェグク)に渡って終わります。
この手の韓流コンテンツとしては ハッピーエンドにならない珍しい結末です。

もしかすると ひとつの理由として、本作のモチーフが、この時代に実際に日本に(イルボン)帰化した女性陶工にあったからかもしれません。

ちょっとドラマの年代と外れるので、ジョンが実在した人物、というのではありませんけど。

『ジョンイ』を観た人の多くが、日本に帰化し有田陶業を興した、日本名「百婆仙」という女性陶工について見分を得たことでしょう。

この百婆仙という女性、本名は朴貞玉。 (パク・ジョンオク)

(画像はわらび座のミュージカル 『百婆』 2005年より)

史実はともかく、この百婆を主人公として書かれた小説がありました。

村田喜代子著 葬式「龍秘御天歌」(1998年)。

時は四代将軍家綱(在職:1651~1680年)の治政下、場所は九州黒川藩抱えの窯産地 皿山(現在の佐賀県有田市)。

一人の老陶工、辛島重兵衛が亡くなります。
初七日の顔ぶれは、客人が皿山代官所のお役人や庄屋、磁器問屋など。
そして地元、窯の働き手たちは以下の通り。

妻の百婆、70歳。
喪主 百婆の息子 十蔵、44歳。
十蔵の嫁で型打ちのコシホ。
十兵衛の次男 ロクロの以蔵。
三男の窯焚き元良。
四男の窯焚き兼良。
雇い人 ロクロの権十。
権十の長男 ロクロの清助。
窯焚きのの寅市。
吾須すりのアカ。
釉かけの伊十。
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20数名の関係者の名前が並びます。

でも、居並ぶ人たちには別の顔が見えるのです。

故 辛島十兵衛ことチャン・ソンチョル。
百婆ことパク・ジョンオク。
長男十蔵ことチャン・ジョンホ。
十蔵女房コシホことクォン・ヨヒ。
次男以蔵ことチャン・テホ。
ロクロの権十ことハン・デジュン。
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ここで読者はハッとします。
皿山の働き手たちの多くは、朝鮮からの渡来人だったのです。

さて、物語は導入部の通夜の直前。
百婆は息子で喪主の十蔵に、「夫の弔いは朝鮮(クニ)様式の葬儀にする」と言い出しました。

大変です。
そうするには、故人の偉業が大きすぎました。

故チャン・ソンチョルは九州に流れ着き、辛島十兵衛と名乗り、明の
( ミョン)
技術に匹敵する水準の薄い磁器を作るために陶土を探して、皿山にたどり着きました。

そして彼は窯業を、黒川藩の一大地場残業として確立させたのでした。

このため、たかが陶工であった者が「侍の葬式に準じてよい」とされ、特別に白裃の( かみしも)着用が許され、代官所ばかりでなく藩からも役人の弔問が予定され、寺から何人もの僧侶が来るというのです。

白裃と言われたのに黄麻の喪服を着せられる家族たち。
精進料理を出さなければならないのに、祭壇には豚の丸焼き

まさに母と息子の一騎打ちが繰り広げられます。
いや、死生観にかかわる2国の文化の衝突です。

ずっしりと重いテーマです。
本作は最初から最後まで、2国互いの立場の人々の信念が語られ、ぶつかり合います。



さて、弔問客ごとに様式を変えるギリギリの攻防が繰り広げられ、やっと通夜を終えたら、こんどは葬儀でまたおお揉め。

「土葬なんて、貧乏人の葬儀はあいならぬ。侍と同じように丁寧に火葬に」とする日本側。

「火葬なんて罪人扱いはせず、ちゃんと土葬にしてくれ」という百婆。

そして百婆は、遺体のすり替えを計画します。
はたして、この葬式、無事に終わるのか。

どーなっちゃうのーっ ビックリマーク



静かな文体ながら、小説は非常にスリリングです。

私のように本を読む速度が遅い者でも3時間もあれば読めてしまう長さですが、これは読みごたえがあった ビックリマーク


本作、ジジババばかり登場するし題材は葬儀だし、ちっともきらびやかでないし、日朝の文化・価値観対立ばかりが続く、沈鬱なお話です。

よくもこんな面白くもない題材に取り組んで作品としたものだ、小説家って風変わりな職業だなぁ、と思いました。

でも、作者は福岡県出身。
郷土のルーツをたどり、登場人物にあるときは日本の価値観を語らせ、あるときは作者自ら朝鮮人たる百婆となって彼の国の価値観で考える。
それは読者以上にスリリングで興味深い仕事だったのかもしれません。


とにかく、「これ、この先どうなるの はてなマーク 」 と先が知りたくなってやめられない、まさに韓国ドラマのような作品でした。