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こちら合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ

大正元年創業の料理道具屋飯田6代目の飯田結太のブログ。大好きな料理道具のことや、自分のことを語ります。

こんにちは!料理道具アドバイザーこと合羽橋の飯田6代目の飯田結太です。


料理道具の違い、これって見た目だけだとなかなかわかりませんよね。


店では、できるだけPOPなどを使って商品の違いがわかりやすいようにしているつもりでも、やっぱり様々なご質問をいただきます。


今日のお昼ごろ和食の料理人見習いだよ、という方が店に来店し、真剣なまなざしで魚の骨抜きの棚の前でず~っと商品を眺めていました。


骨抜きとは、文字通り魚の骨を挟んで抜くための料理道具です。


「骨抜きってどれも同じに見えるけど、どうやって選べばいいの?」そんな質問が飛んできました。


意外と道具屋の店員でも知ってる人が少ない骨抜きの選び方。


そんな骨抜きの選び方についてお話したいと思います。


まずは「骨抜の形」について。


代表的な形として関東型と関西型の2種類があります。


合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-骨抜き関東型と関西型


関東型は毛抜きをそのまま大きくしたような若干丸みを帯びた形をしています。


関西型はくの字に曲がった面白い形をしています。


あれ、なんで同じ骨抜きなのに、関東と関西で形が違うの?


それは、関東と関西でよく調理された魚の違いにあるそうです。


昔の関東ではアジやイワシなど、比較的身の柔らかな魚がよく食べられたそうで、魚の身をほじくる必要がなく、表面の骨を抜くのに最も使いやすい形がこの形として残ったそうです。


関西は、関東とは真逆で身の引き締まっていて、血合いの多いタイやサバなどの魚が多かったそうです。


そのため、身をかき分けて深いところで骨をはさまないと抜けなかったため、身の奥に差し込んで骨が抜きやすい形として残ったといいます。


個人的には、関東型をずっと使っているのでこちらの形の方が使いやすいように思います。


たまに関西型を使ってみると使いにくく感じてしまいます。


知り合いの職人さんに聞くといつも関西型を使っているから関東型は使いたくないそうです。


なので形については、やわらかい魚が多いか身のしまった魚が多いかで選ぶか、迷ったら実際に持ってみてしっくりくる方を選んでみてください。


次は一番大事な骨抜きの質の見方です。


まずは、比較のために3本の違う骨抜きを用意しました。

$合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-骨抜き3種類


パッと見た感じ、違いは形くらいのもの。


拡大してみてもあまり違いはわかりません。

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-A:骨抜きアップ

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-B:骨抜きアップ

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-C:骨抜きアップ


ではでは、それを刃の内側から見てみると~。


合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-A:極上物の骨抜き

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-B:隙間が開いて光が漏れてる骨抜き

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-C:隙間が開いて光が漏れてる骨抜き


はいっ!!違いがわかったでしょうか!!


Aの骨抜きは「隙間がなく、光が全く漏れていない」のに対して、BとCの骨抜きはほんのコンマ数ミリ単位の隙間が開いているため光が漏れてしまっています。


良い骨抜きは挟み口が光を漏らさないほどピッタリと閉じていることで、骨を挟んだときに無駄な力を入れることなく、途中で骨が折れることもないので、しっかり抜くことができます。


この挟み口が斜めに合わさっていたり、隙間が大きく開いているものは良い骨抜きとは言えません。


質の良い骨抜きにはもう一つ特徴があります。


良い骨抜きは軽い力で握っても、高品質のバネのようにふんわりと柔らかく握ることができ、手が疲れにくいです。


それは、「芯抜き」といって熟練した職人しかできない繊細な力加減が重要な伝統的な職人技が必要となります。


ハンマーを使い、骨抜きの素材となるステンレス鋼の中央のバネになる部分をひっくり返しながら何百回も叩くことで、耐久性のあって長時間使っていても疲れにくい柔らかなバネのような握り心地が生まれます。

下の写真は芯抜きをした骨抜きとしていない骨抜きの画像です。

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-芯抜きした骨抜き

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-芯抜きしていない骨抜き

芯抜きした骨抜きは厚みが中心にくるうちに細くなっているのに対して、芯抜きしていない骨抜きは厚みが均一です。

芯抜きがされていない骨抜きはバネが重く、使っているうちに手がしびれてきます。


日本の骨抜きは世界で間違いなく最高だと思います。


耐久性があるのに柔らかいバネを持ち、全く光を通さないほど挟み口がピッタリな骨抜きは、一本一本職人が手間隙かけて作り上げる匠の技なくして作ることはできません。


職人が一本一本、手作りした逸品ものは丁寧に手入れをしながら使っていただけば、一生物どころか親子何世代にも渡って使うことができる道具なのです。


プロの料理人の方はもちろん、ご家庭でお使いの方、骨抜き選びで迷ったらこの記事を思い出してみてください。


それでは、良い料理生活を!
こんにちは、料理道具アドバイザーこと合羽橋の飯田6代目の飯田結太です。

私が働く町、浅草かっぱ橋道具街。

結構いろいろな人に「かっぱ橋ってなんでかっぱ橋っていうの?」と聞かれるので、ちょっと調べてみました。

「はるか昔は河童が住んでた!?かっぱ橋!!」

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ-かっぱ橋のシンボル、金の河童像

「かっぱ橋」といえば現在は商売に必要な物でないものはないと言われる世界有数の道具街として江戸っ子には耳慣れた街の名前。

この「かっぱ橋」という名前の由来には、「河童説」と「合羽説」の2つの説があります。

名前の由来一つ目は「河童説」。

さかのぼること江戸時代、浅草のあたり一帯は水はけが悪く、たびたび出水が起こり住民一同とても困っていました。

そこでこの地に雨合羽の大店をはっていた合羽屋喜八(通称、合羽川太郎)という男が私財を投じて排水工事を行います。

しかし工事は難航・・・なかなか進みません。

なかなか進まない工事、がっかりする喜八。

そんな姿を見て、同情したのが隅田川に住んでいた河童たちでした。

人気が失せた夜更け、大勢の河童たちがせっせと工事を手伝い水路が無事完成にいたりました。

堀にかかった橋のうち、浅草から上野に通じる橋の名を合羽川太郎にちなんで合羽橋としたそうです。

この水路は江戸の古地図に新堀川として記されています。

名前の由来二つ目は、「合羽説」。

合羽橋の料理道具屋6代目飯田結太のブログ


今の金竜小学校のあたりは昔、伊予新谷の城主、加藤某のした屋敷で、屋敷の小僧たちが内職で雨合羽を作っていました。

天気のよい日は近くの橋が雨合羽の乾かし場となり、ものすごい数の雨合羽が干されていたそうです。

それが由来となり合羽橋と呼ばれるようになったといわれています。

合羽橋は東京台東区の上野と浅草のちょうど中間にあります。

気さくで活気あふれる下町っ子の人情が脈々と受け継がれている街です。

そんなかっぱ橋が現在のような商店街の形になり始めたのは、大正2年頃のこと。

市区改正でそれまでの農道がいまのように広い道路になり、屋台車や臼など大きなものが置けることに目をつけた道具屋が集まりだしたのがその始めです。

大正7年には市電、のちの都電が開通。

お堀にかかっていた橋の名前がそのまま「合羽橋」という停留所名になりました。

年を追うごとにどんどん道具屋の数が増え続け、現在180店舗以上を誇る大商店街となり、商売に必要なものがそろうプロの道具屋街として世界的にユニークな街と姿を変えていきました。

昔は、日曜・祝日は休んでいるお店が多かったのですが、現在はプロのお客様だけでなく、観光に来るお客様も増えたこともあり、日曜・祝日も開いている店が多くなってきています。

最近では、新しいカフェが開いたり、センスの良い器屋さんが増えたり、ますます魅力あふれる町になってきています。

調べていて、もっとかっぱ橋が好きになった飯田でした。
はじめまして、料理道具屋6代目こと飯田結太(いいだゆうた)です。

家が、東京の浅草にある飲食店用品の問屋街「合羽橋道具街(かっぱ橋道具街)」で料理道具屋を営んでいたことから料理道具に囲まれて育ちました。

幸か不幸か今では一日中、料理道具を見ていても飽きない料理道具マニアに育ち、職場も住まいも料理道具に囲まれた生活をしています。

料理をすることも食べることも大好きなのですが、私の場合とにかく「料理道具」が好きで好きでしかたがないのです!

料理を最高に美味しくつくるためのアイデアがテンコ盛りになった料理道具は見ていて涎が垂れてきます。

私にとって料理道具は、最高の相棒であり、使う道具によって料理の味まで変えることのできる、食材や調味料と同じぐらい大事なレシピの一部です。

すべての料理レシピ本にその料理に合った最適な料理道具まで載せてもらえたらいいのに思うほど。

このブログは、少しでも多くの人に料理道具の魅力を伝えるため、そして料理道具に魅せられた僕のことをちょっとだけ伝えたいと思いつくりました。

料理道具に関すること、僕に関すること、気になることがありましたら気軽にご連絡ください!