月の下にある生活。
今夜、大分から喜多屋のある竹田への帰り道、雲の合間に見える綺麗な月を見ながら
西表島での生活を思い出しました。
特に東京に育ったころ、生活の中では月の存在を気にすることなどほとんどありません
でした。今も四方を山に囲まれた竹田は空も狭く、喜多屋の周りには街灯もあり明るい
ので、月を町なかで見ることは少なくなってきています。
西表島では月の存在が非常に生活に根付いていました。竹田とは異なり、四方を海に
囲まれているので空は広く、月はたいてい毎晩どこかにその姿がありました。
地元の人(島人)はもちろん、島に暮らす人たちにとっては生活のリズムが月齢の影響
を大きく受けています。それは月の満ち欠けや昇り沈みが、海の干満を作り出している
からです。
僕は西表島ではホテルマンをしてその後カヌーガイドをやったり、4年の中で観光業に
携わってきました。それでもかなりの影響を受けていたので、島人はなお更生活に深く
根付いた習慣や祭り事など文化までを生み出していると思います。
制服だったかりゆしウェアのポケットに潮見表を忍ばせて、お客さんにレジャーや遊ぶ
ポイントを案内したりします。カヌーガイドをしていた時も潮見表を見ながら、その日の
出発時間やコースを決めたりします。自分たちが遊びで釣りに行く時も潮見表を見て、
ポイントや竿を垂らす時間を決めていました。
月が沈んだら満潮、てっぺんにきたら干潮。
満月新月なら大潮、半月なら小潮。
厳密に言ったら多少のズレがあるのかもしれないけれど、月を見ながら潮見表を見な
がら行動を決めたりすることが少なくありませんでした。
“人は潮が満ちていく時にに生まれる”とよく耳にします。月が潮を通じて人間を含めて
生命に影響を与えているんです。まだ生活の中に自然が息づいている、島人の生活に
月が影響しているのも当然な気がします。
満月の夜は道に自分の影が映るほど明るく、いつもは黒い海が真っ白に見える美しい
光景を目に浮かべながら、こんなことを思い出し、雲の合間の月を見ていました。
