町中での存在。 | 喜多屋in豊後竹田のブログ

町中での存在。




喜多屋8


喜多屋に移り住んで、ちょうど1月ほど経った頃に地元の老舗和菓子屋の社長

に長湯温泉にある老舗旅館を紹介してもらい2年数ヶ月勤めることになりました。


旅館の仕事はもちろんサービス業なので、朝早くに出勤し、夜遅くに

退社していたので、城下町に住みながらなかなか城下町との接点がありません

でした。


面白いのは、ごく一部知っている方から『昨夜も貴方のことが話題になりました』

とか、『喜多屋に若いヤツが帰ってきたらしい』みたいな話をメールでもらったり、

聞いたりする機会がありました。


でも、仕事が休みの日にちょっとした買い物や、町を歩くことがあっても話しかけ

られることも一切ありません。それが2年数ヶ月当たり前でした。


それでも竹田市の人たちが素晴らしいのは、小さな小学生や高校生でも、大人

も多くの人が、見知らぬ人であろうが『こんにちは!』と挨拶してくれます。


沖縄の離島を出て、喜多屋に着いた初日に家の前に当時の愛車を停め、荷物

を降ろしていると、『こんにちは!』と大きな声で目の前を通る高校生に挨拶され、

戸惑いながら『こんにちは・・・』と小さな声で返していた自分がちょっと恥ずかしく

思えるほどでした。


当然生まれ育った東京では消えてしまった習慣だろうし(下町には残っているの

かもしれないけれど)、沖縄の離島はもっと人懐っこくて挨拶というより、いきなり

『あい、何処に行くわけ?』とか話しかけられる方が多かったんです。


この礼儀正しく大きな声で知らない人でも挨拶することが町の習慣となっている

のは本当に素晴らしいと思ったし、これが当たり前となっていればアチコチの町

で起きてしまっている事件や事故はもっと減らせるんじゃないかと思いますが。


・・・少し話しが脱線しましたが、町で広がっていく『喜多屋の若いヤツ』と僕自身

の顔が一致していなかったんです。実際に歩いている僕は、町中の人には観光

している人と同じだったでしょう。長湯温泉での方がまだ顔が知られていました。


旅館を退職して喜多屋に拠点を移してからは、少しずつ町中の事業にも参加が

できるようになったし、周辺の農家さんにも繋がりができてきているので、だいぶ

手を上げて動き回ることが普通になりつつあります。


これから僕の喜多屋を通じての活動の中で、少しずつでも町に溶け込みながら、

竹田市の喜多屋を知ってもらえたら嬉しいです。


まあ、ほどほどに、、、。