日経新聞2017年5月7日 私の履歴書 加賀見俊夫氏(オリエンタルランド会長兼CEO)
(京成電鉄に)配属されたのは何と経理部だった。為替手形も約束手形も知らない人間をいきなり経理部に入れるとは。1958年4月、釈然としない気持ちのまま上野の西郷さんの銅像の前にある京成電鉄の本社に通勤し始めた。
希望する配属として総務部と申告していた。会社の実情がよくわかる部署だと考えて志望理由に書いた。(中文略)
私は経理のことは何も勉強していないし、第一、全然興味がわかない。先輩から経理のイロハを教えられたが、ちんぷんかんぷんだ。「これではダメだ」と一念発起して、仕事を終えてから月水金の週3回、帰り道にある神保町の村田簿記学校に通い始めた。
夏休みや春休みには、そろばん塾にも通った。当時は工業簿記の資格を取るには珠算2級が必要だった。小学生に混じって「願いましては・・・・」の先生の声に合わせてそろばんをはじくのだが、子供の方が上達がずっと早い。おまけに指が太いので珠を一緒に動かしてしまったりして先生によく叱られた。
3年間の勉強の成果で商業簿記と工業簿記の資格を取り経理の基礎をみっちりたたき込んだ。会社では経理部の主計課にいて、予算の執行管理を主軸にしてさまざまな経理実務を日々こなすのだから、仕事に精通するにつれて面白さがわかってきた。
出世しようとは思わなかった。だだ経理の方程式を学び、理詰めに考えて結論を導き出したいと思った。中学、高校時代の物理の生田先生の教えに従ったのだ。
複雑な経理の方程式がすぐに分かったわけではない。だが会社の現状は総務部にいるよりも明快に分かったと思う。資金は血液と同じだ。滞ると人が病気になるように会社も傾くのだ。数字とにらめっこしながら、無味乾燥だと思っていた仕事がだんだん面白くなってきた。