万華鏡と哀愁は営みの中で | 。

思いのままに。

喫茶店なのに、喫煙は不可だったりする。
不思議だなって思う。

建築の現場では休憩のことを「一服」と言うけれど
タバコを吸わない人にとっては、ただの休憩でいいんだよね。


結婚指輪をしていると、逆に話しやすいと思って気軽に話しかけるんだけど
なぜかフシダラな目で見られることがある。
「いやいや、そんなつもりじゃないんだけど…」

と、心の中で言い訳してしまう。
あれって、なんなんだろうね。


電車で荷物を持ってカートを引いてるお年寄りに

「席どうぞ」って声をかけたら
「馬鹿にしとるんか!」って怒鳴られたことがある。
びっくりしたけど、たまにあるんだよ、そういうこと。


万華鏡を丁寧に飾っていて、
古風な雑貨に囲まれたお店の主人は、たいてい寡黙で
どこか哀愁のある佇まいをしている。
ああいう人、好きだなって思う。

あれも、なんなんだろうね。


必ずしも、すべてのことに理由や意味を求める必要はないけれど
偶然とは思えないような出来事が
静かに積み重なっていく様子を

きっと「営み」と呼ぶんだろう。

たぶん俺にも、誰かが「営み」を感じてくれているだろうし
俺も、目の前の何気ない一つ一つに
小さな営みを見つけながら生きてる。

だから、どんな出来事でもできるだけ明るい方に考えたいね。

これをしたら、誰かが喜んでくれるかもしれないとか
あの人が笑ってくれたらいいな、って想像する時間に
きっと無駄なんてなくて。

けれど世の中にはそれを「ありがた迷惑」と思う人もいる。
万人に通じる優しさなんて、そうそうない。

それでも。
せめて、自分の心が温かくなる方を選びたい。

そんな綺麗事を、ふと思い描く日があるっていう、ただそれだけの話。

…哀愁、漂ってるかな?