kitaro5014のブログ

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はじめまして。簡単にこれまでの経歴を書きたいと思います。


1960年、大阪市内に生まれながらにして脳性麻痺として生を受けました。

でも幼い時は、かなりの〝わんぱく〟だったと聞きます。


幼稚園、小学校、中学校、高校と健常者と同じく学校に学び、〝受験戦争〟を勝ち抜いてきました。


高校三年の春、母親が倒れたことにより、親戚に大学進学に反対され、障害者としての自分ということに深く悩むようになり、高校の図書館にあった西田幾多郎の『善の研究』を読んで哲学を志すようになりました。


中学一年の終わりにある学習塾で知り合い、わたしの人生の師匠となる原野栄二先生に「本気で哲学をやるつもりなれば、京都の大谷大学にいけ。そこで西谷啓治に師事して哲学を学ぶ覚悟あるならば、哲学をやれ』と言われ、大谷大学を受験。文学部哲学科は落ちましたが、かろうじて短期大学部仏教科に潜り込むことができました。


短期大学部仏教科の二年間は、親鸞を中心とした宗教思想を学ぶことができ、それがわたしの思想的基礎になったように思います。そして三回編入試験を受けて、文学部哲学科西洋哲学分野専攻でカントを学ぶことにしました。


以後、大学院文学研究科修士課程、博士後期課程でカントやドイツ観念論に学びました。その一方で西谷啓治先生の影響で、マイスター・エックハルトとドイツ神秘主義、あるいは禅仏教に関心を持ち、いろんな書籍を読むことができました。


大学院文学研究科博士後期課程単位修得満期退学後は、大谷大学文学部特別研修員として研究室に勤務しました。


わたしの学生時代は、西谷啓治先生をはじめとして、下村寅太郎先生、高山岩男先生、武内義範先生、上田閑照先生等の、西田幾多郎の弟子に当たる先生方にお会いできたことです。それと同時に、西谷啓治先生、高山岩男先生高坂正顕先生、鈴木成高先生、そして原野栄二先生が戦争責任を問われて、京都帝国大学を追われたことであり、その戦争せく人とは一体何だったのかということがわたしの生涯の課題となりました。


このような大学生活を送った後、研究者の道を諦め、民間企業・大手消費者金融会社本社人事部企画課で17年間勤めることになりました。


そして5年前、「早期退職プログラム」に応募する形で退職し、現在は自宅には好きな本を読め好きなことを書いております。