2011年3月11日からちょうど今日は7年目です。
あの日私は何をしていたか
毎年のように話題になり
当時は小学校の支援員
授業が終わり退勤した後、
スーパーのATMから現金を引き出し
車に戻っていました。
さて、ガソリンを入れに行こうか
と思いつつ車の中にいた時でした。
急にグラグラと揺れ始め、
それは今まで体験したことがない感じで
暫く続いたのです。
一番注目したのは、
電柱まできしみ揺れ動いている事でした。
これはいつもとは違う!
そう感じましたが、取り敢えずガソリン、
家から反対方向ですがいつものスタンド
に向かいました。が、給油できませんでした。
それから中2の娘を迎えに向かいます。
いつもの国道はシンとしてだあれもいません。
まだ、通行止めにもなっていませんが、すで
に大概の人は避難所に行ってしまったようです。
津波警報を聞きながら、しかしまだこの時は
堤防から波は溢れてはいませんでした。
中学校へ到着するとみんな二階でした。ベランダ
から、海の方を見ていたのです。津波がみえたと
話していました。それから自宅に戻り避難準備を
します。猫たちは見えない為、餌だけ置きます。
家の近くの川には車が流れて来ていました。
家は堤防に囲まれ危うく難を免れたのでした。
スタンドからの帰り道の国道はその直後に津波
が溢れて浸水し、様々な瓦礫に覆われます。
その後、余震が減って電気ガス水道が復旧し
自宅に戻ってから、被災した恩師宅に
ボランティアの参加をさせていただいたのです。
床下からの泥出しは大変でした。
10日ぶりくらいの入浴は本当に有難いと
心底から思いました。あの日以来、完全な
安全はなくなってしまいました。
日本は原発の放射能漏れで地獄を味わい
今もなお、その災禍は継続中です。
中学校の修学旅行は関東をやめて、北海道
になりました。未来を担う我が子らが愛しく
また災禍にさらされ、好きな事が出来なく
なるのではないかと、親たちはちょっと
優しくなったような気がします。
1万人以上があの震災で亡くなりました。
いろんな角度から、命について思う。
そうやって自分の足で立ち、体験して学び
生きて行くのですよね。
優しく、たくましく、力をあわせよう。
奇跡的に助かったのだから。
ありがとうございます。
感謝します。
震災は忘れた頃にやって来る。
決して忘れないで下さい。
震災で亡くなられた方々の
ご冥福をお祈りいたします。
アメーバおみくじ当たってるかな〜
初売りはパワーストーンの福袋を初めて購入
本物だったらすごくお買い得❗️
良い一年になりますように
しかし、
その次の瞬間サイフをポケットから落とし
てしまいました
が、すぐに気がつきました
その後車を発進したとき、
右側からの車をみないでたらしく
左折しようとしたらあわや💧
昨日もスーパーの帰りに車の中で確認してみると
サイフがないことに気づいて
慌ててスーパーに戻り
サービスカウンターに行くと
心のきれいな方が届けてくれている最中…
………
その足で娘とセリアに向かい
鈴2個と腕を通せるストラップを
娘がプレゼントしてくれました🌷
ポケットより大きい長財布は
小さいサイフの時よりは忘れないように
なっていたけど、ポケットからははみ出し
無意識になると、存在を忘れあげく落として
気がつかないみたい💧
音が聞こえると存在を意識できるから
鈴と腕を通せるストラップはとっても良い♪
もうやばいわたし〜😅
今年というよりはこれから一生
気をつけて生きなくちゃ🙇♀️


