発病のきっかけは、ハードな研究生活です。もともとは希望した研究室で、学校もすきだったので、学校はとても充実していました。
しかし、日に日に生活は苦しくなりました。私は、教職員免許も取得しようと考え、専門学部(特に私の学科)厳しいと言われているこちらにも保険がてら単位を取得していました。
月間予定を見て、愕然として、無理だよ、と涙が流れたのは初めてでした。毎日朝から夜中まで、時間単位のスケジュール。休憩はいつもお昼の50分のみ。ご飯食べる時間すらなくなりました。でもやらなければいけない、私は周りよりもタイトなスケジュールであっても負けたくないと思いました。弱さを人にみせたくありませんでした。鉄壁の顔で学校に通い続けました。
ほんとはすごい辛かった、だけど、先輩には「がんばれ、もう少し(^-^)」友達にも「***さんなら大丈夫(^-^)」と言われます。その度にイライラしたり、悲しくなりました。頑張るの程度がわからなくなりました。そんなたった4文字の言葉でどれだけ私のしんどさがわかるのだろう。でも、そんなことは言えないので「ありがとう、がんばるね、あと少しだから」…
やることは山のようにありました。ひどく辛い気持ちでした。もともともっていた片頭痛もはじまり、なにもできなくなり、文字すら読めなくなり、ひとりで泣いたことも何度もありました。それでも病院にいく暇もなく、耐え続けました。
このころから、市販の頭痛薬はまったくきかなくなり、一度に5倍量を飲んだり、間をあけずに大量にのんだりするようになりました。片頭痛との戦いは、朝の吐き気やめまい、文字すら読めない、音がうるさい、など生活する上でのストレスだらけとなりました。
ただ、お風呂に入り、洗濯、茶碗洗いのためだけにかえり、朝間に合わないのが怖くて眠れませんでした。
こんなことがずっと続き、ついに遅刻するという失態をおかしました。1回目は朝の吐き気から立ち上がれず、もうひとつはずっと眠れなかったためか、朝7時頃にねてしまっていたためです。もう、自分が嫌になりました。しかもこの日はゼミの発表の日でした。
お世話になった先輩には申し訳なかったです。でも、それよりは自分が最後まで成し遂げられなかったことが一番辛かったです。
片頭痛は相変わらずでこの日は、すでに市販薬5倍量を2回飲んでいました。(この頃はまだODという言葉すら知りませんでした、薬はほとんど飲まない派でしたので。量をふやせば効くんではないかと単純に考えていました。)
憂鬱なまま、先輩はおつかれ会を開いてくださいました。ありがたかったのですが、正直体も心もしんどかったです。結果的に、市販頭痛薬のワンシート分をのみ、涙を拭いて飲み会にいきました。アルコールは断ったのですが、最初の一杯だけ、とすすめられ、飲んでしまいました。
もともと、お酒は強いという自信があったので、大丈夫だろうと思っていました。
先輩はガンガンお酒を下さいました。私もいつもより飲んでいなかったので酔いはありませんでした。
早めにお開きとなり、解散となりました。しかし、私の同級生の女の子がよってしまい(彼女も強いのですが、疲れていたと思います)トイレにとじ込もってしまいました。私は彼女を女の先輩と2人で待ち、その彼氏に電話して迎えに来てもらい、引き渡しました。
その途端です、記憶がなくなりました。よかった、と思った瞬間です。目覚めたら、救急の方が目の前にいました。私は帰ると言ったのですが、全身の力が入りません。結局病院に搬送されることになりました。急性アル中かなーと言われました。今回の量でそんなことは無いだろうと思いました。薬の飲みすぎことは言えませんでした。入院を勧められましたが、点滴のみで意地で帰りました。
人に迷惑かけましまった自分が許せなくて悔しくて辛くて涙があふれました。でも、自分で立てない。どうにかなってしまいそうでした。
次の日は楽しみにしていた学会だったのですが、結局いけませんでした。バイトもいけませんでした。
2日まるまる休んだのに、具合は悪くなる一方でした。月曜日からはゼミで宿題がでていたので、それに取りかかりました、これが予想以上に難しく、先生とお話しても先輩とお話しても「これ、分かんないしね、みんな分かんないよ」と言われる始末、片頭痛は最悪で朝はもう吐き気でずっとトイレにこもるようになりました。唯一の昼もたべれない日が続きました。ここで、なんとか頭痛だけでもと、内科を受診し、片頭痛の薬と睡眠導入剤をいただきました。睡眠導入剤は処方されたものの、起きれないのが怖くて飲めませんでした。頭痛は効き目があったように思います。
このとき、完璧主義の私は、なんとしてでも終わらせたいと必死でした。バイトもあり、今度はもうひとつのゼミもあり、報告書もあり、時間は無いに等しい状態でした。
しかし、今度は遅刻もなく乗り越えられました。(もはや寝ていませんから、あたりまえですね。)
そのうち幻覚が見えるようになりました。ものが落ちてきたり、人や動物ようなものがみえたり。これは、ほんとにヤバイやつだ、とこの時初めて認識しました。もともと病院は嫌いで、薬も嫌いだったので、あまり病院に行くことはしませんでしたが、ほんとに自分の体が怖くなりました。
すべての仕事を終えたあと、病院(心療内科)を予約し、研究室の飲み会などは全て断りました。
ここからは、さらに地獄のような日々が待っていました。
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