雨降って地固まる | 白と黒を見続けて、乱視。

雨降って地固まる

良くあるような類いの、こういう質問。







あと一年で世界が終わるかもしれないとして、

音楽が職業である私が、

音楽が出来ない環境に立たされたと仮定して、

社会に対してできることはなんですか?











こういう質問が来ると、昔なら「それでも音楽はやるけど」などと、

小学生並みの答えしか考えられなかったけど(笑)、

そもそも「音楽が出来ない環境」という状況下は、

今になれば充分想定できる範囲内なので、それは却下。

だいたい音楽もそうだけど芸術の類いはサービス業であると

社会では認識されています。

そういうわけで、そんな緊急時には真っ先にいらなくなる職業なのです。

それでも別に「人間は音楽そのもの」だということには変わりはないのですが。





そうだなー。

「終わるかもしれない」というところがミソっぽいよね。

自分のなんらかの行動によって、「終わるということがなくなる」のであれば、

そのなんらかの行動を真っ先に選択すると思う。

みすみす世界が滅びるのを、今までやりたかったこと=エゴを選びながら、

死ぬのを待つのはまっぴらごめんですんで。


でも「世界」っていうのは、自分が生きている世界だけじゃなく、

もっと広く、world wideというか「地球全体」の話だから、

じゃあ自分だけがその「なんらかの行動」をとればいいのかと言えば、

それだけじゃ根本からの解決にはならないので。


みんなにもその「なんらかの行動」を一緒にとっていこう!って呼びかけて、

みんなで徐々に、そして一気に動いて行けば、

「終わるどころか、一気に良くなるし、それによってもっともっと長生きする世界」が築けるんじゃないかなーって、

自分のエゴが絡むような夢はそれからでも充分いいんじゃないかなーって、



結構真剣に上記の質問に対しての答えを考えたここ最近。

だって世界が終わるんなら自分の将来も終わるんでしょ?

それを待つような生活をしながら死ぬのは、

もはやゾンビのような、死んでいるのに生きているようなものと変わらないもんなーとか。




死はどうやったって訪れるんですよね。

生まれた瞬間に死ぬことは保証されているんです。

だからそこに恐怖を感じる必要なんてない。

みんな等しく死ぬのだから。

聖書に出てくるような聖人でさえ、

700歳くらい生きているけど、

それでも寿命というのはやっぱりあるんです。



じゃあなぜ恐怖を感じるのか?

その大元には何の意識があるのか?

よく「死ぬのは怖くない」「いつ死んでもいい」という人がいるけど、

その人たちは普段どういう状態なのか。



で、その人たちに共通するのは、「悔いのない生活を送っている」なのかな、と。

常に「今日が一番幸せであり、充実している」。

そんな生活を送っている人たちだと考えました。



そういう生活はできない、とハナから否定する人達がいます。

してもいない、しようとしないのに、言い訳ばかり、します。

結局、他人事のように片付けてしまう。

そうできる人は特別だ、とか。

昔は自分もそう思っていました。



でも本当はみんな同じなはず。

どこかに必ず突破口はある。

それを見つける努力をした人が、

その突破口をくぐり抜けられる。


ただそれだけなんじゃないだろうか。




そんなことをぐるぐる考えていました。

ふははは。

雨がよう降っておるわー!




よくあるような質問だったけど、

考えているうちに自分の中でしっくりと答えが固まったので、

そんなタイトルの今日でした。








・・・・でも考えてみると、この答えでその人の本質が見えるのかもねー。

みんなも一度真剣に考えてみてよ!





あ、これから毎週日曜大阪いくで(笑)